原作既読者はアニメを観るほど評価が下がります。
アニメレビューサイト「あにこれβ」での『屍者の帝国』の総合評価スコアは64.9点(5点満点換算で約3.2)となっており、297人を超えるレビュワーが意見を投稿しています。映画.comやFilmarksでは5点満点中3.4という評価です。
この数字だけを見ると「まあまあ」という印象を受けますね。ところが中身を掘り下げると、評価が完全に二極化しているのが見えてきます。「映像美・作画は文句なし」という絶賛と、「ストーリーが理解できず終わった」という低評価が並立しているのが実態です。
映像クオリティに絞った評価であれば話は変わってきます。あにこれβで作画部分だけを評価したレビュワーの中には星5をつける声も多く、「2015年公開当時、作画クオリティに関してはアニメ映画の中でもトップクラスだった可能性がある」とまで言及するレビュアーも存在します。
一方でストーリー理解度に関しては、「よくわからないまま終わった」「冒頭10分の期待値を超えられなかった」「終盤が唐突すぎる」という声が後を絶ちません。つまり結論は「映像は最高、物語は難解」です。
| 評価サイト | スコア | レビュー件数 |
|---|---|---|
| あにこれβ | 64.9点(100点換算) | 297件以上 |
| Filmarks | 3.4 / 5.0 | 多数 |
| 映画.com | 3.0〜3.5が中心 | 73件 |
このような評価の構造は、視聴者の「原作既読かどうか」によって大きく変わります。原作未読のユーザーのほうが映画単体として楽しみやすいという意見も多く、「原作を読んでからだと逆に物足りなくなる」という逆転現象が起きています。
参考:あにこれβ「屍者の帝国」評価ページ(レビュー・スコアの詳細が確認できます)
https://www.anikore.jp/anime/8656/
『屍者の帝国』の世界観をひとことで言えば、「フランケンシュタイン技術が普及した19世紀のスチームパンク世界」です。ヴィクター・フランケンシュタイン博士が確立した「死体に疑似的な生命を与える技術」が世界に広まり、屍者(ゾンビに近い存在)が労働力・兵力として当たり前に使われている時代が舞台となっています。
この設定を飲み込むだけでも相当な情報量です。そこにシャーロック・ホームズのワトソン、カラマーゾフの兄弟、フランケンシュタイン、ドラキュラのヘルシング教授、風と共に去りぬのレット・バトラー、未来のイヴのハダリーなど、西洋文学の著名キャラクターが次々と登場します。これは作品の中核に流れる「パスティーシュ(文学的模倣・引用)」の手法であり、知らないと「なぜこの人物が出てくるのか」が理解できません。
さらに、物語の舞台はイギリス→アフガニスタン→インド→日本→アメリカ→イギリスと118分の上映時間の中で6か国を横断します。ハガキ一枚分の時間スケールで複数の国を飛び回るイメージです。これが「展開が忙しすぎて置いてかれる」という感想に直結しています。
本来の原作では「魂とは何か」「意識・言語・霊素の関係」という哲学的テーマが膨大な文字量で丁寧に語られます。しかし映像化するとこれが大幅に削られ、テーマだけ残って説明が足りないという構造に陥りやすいのです。これが難解と言われる根本原因ということですね。
とはいえ逆に言えば、設定の背景知識さえ持ち込めば楽しみ方は一気に広がります。「スチームパンクSF好き」「西洋文学に親しみがある」「進撃の巨人やカバネリが好き」というタイプの視聴者からは高い満足感を得ているケースが多く見られます。
参考:Filmarks「屍者の帝国」感想・評価(多角的な視聴者の声が読めます)
https://filmarks.com/movies/62471
原作既読者から特に指摘が多いのは、映画版における大幅な設定変更です。最大の変更点がフライデーの役割です。
原作のフライデーは「ウォルシンガム機関から与えられた、記録専用の屍者」に過ぎませんでした。しかし映画版では「ワトソンの親友かつ共同研究者であり、屍者化した彼の魂を取り戻す旅」という設定に全面改変されています。これは映画として感情移入しやすい構造にするための変更ですが、「原作とほぼ別物」という受け取り方をされる原因でもあります。
また、悪役「M」の扱いも大きく変わっています。原作ではMは実質的にマイクロフト・ホームズであり、エンドロール後のシャーロック・ホームズ登場と伏線として繋がる形でした。映画版では独自の野望を持つ悪役として描き直されたため、ラストのホームズ登場シーンが「突然すぎて意味不明」と感じられる原因になっています。
その他の主な変更点を整理すると、次のようになります。
ただし、これらの変更を「失敗」と断じるのは早計です。映画版は「ワトソンが親友フライデーの魂を追う」という軸を明確にすることで、2時間の中で観客がついていけるエンタメ作品として成立させています。原作未読者からは「話のスケールが大きくて面白い」「クライマックスの感情的盛り上がりがよかった」という感想も多く寄せられています。
参考:原作との相違を詳細に分析したレビュー(改変点の全体像を把握できます)
https://docseri.hatenablog.jp/entry/2015/10/04/005913
賛否両論の評価の中で、ほぼ全員が認める点があります。それが映像クオリティの高さです。
制作を担当したのはWIT STUDIO。当時はちょうど『進撃の巨人』のアニメ化で世界的な注目を集めていたスタジオで、『屍者の帝国』が劇場アニメ2作目にあたる重要な作品でもありました。監督は牧原亮太郎氏が務めています。
19世紀ヨーロッパを舞台にしたスチームパンク世界の背景描写は、鉄とスチームと油煙が溢れる重厚な世界観を精緻な作画で再現しています。アフガニスタンの荒野、明治期の日本、産業革命期のロンドンと、舞台が変わるたびに背景のトーンが変わる演出も見事です。
アクションシーンについては、迫力のあるカメラワークとWIT STUDIOらしい「重量感のある動き」が特長です。後に同スタジオが制作した『甲鉄城のカバネリ』と世界観的な親近感があると指摘する視聴者も多く、「スチームパンクのジャパニメーション」としての完成度は最高水準と言えます。
CGの仕上がりについても、2015年公開当時の水準では群を抜いていました。同じProject Itohの1本として同時期に制作された『ハーモニー』がCGの質でやや苦戦していたのと対比しても、『屍者の帝国』の映像完成度は際立っています。これは使えそうな知識ですね。
WIT STUDIO作品が好きなファンであれば、作画クオリティだけでも十分に鑑賞価値があります。特にブルーレイ版では細部の描き込みが高解像度で楽しめるため、映像美目当てに繰り返し視聴しているファンも少なくありません。
この作品を深く楽しむためには、原作誕生の背景を知っておくと評価が一変します。
元々『屍者の帝国』は、SF作家・伊藤計劃が第4長編として計画していた作品です。しかし彼は執筆中にがんで亡くなり、残したのはわずか草稿30枚のみでした。ノート5〜6ページ分程度の分量です。それを親交が深かった芥川賞作家・円城塔が遺族の許諾を得て書き継ぎ、459ページの長編小説として完成させました。この経緯だけでも、普通の創作とはまったく異なる重みを持つ作品だということがわかります。
さらに重要なのは、映画の構造が「円城塔から伊藤計劃へのレクイエム」として読み解けるという点です。物語の中でワトソン(生者)が親友フライデー(屍者)の魂を取り戻そうとする構造は、「先に逝った伊藤計劃を追い続ける円城塔」の姿と重ねて理解できます。
エンドロール中にフライデーが語る独白「あなたがいたからここにいられた」というセリフは、単なるキャラクターの言葉ではなく、製作陣から伊藤計劃への感謝のメッセージとして受け取ることができます。これを知った上で見ると、ラストの感動が全く変わります。
また本作は『虐殺器官』『ハーモニー』とともに「Project Itoh(伊藤計劃プロジェクト)」として3作同時に劇場アニメ化された作品群の1本です。「第33回日本SF大賞・特別賞」「第44回星雲賞 日本長編部門」を受賞した原作の世界が映像でどう解釈されたか、という観点で見直すとまた違った味わいがあります。
この背景を知ることが最大のメリットです。知らないままでは「難解なSF映画」として消化不良で終わりますが、知ってから見ると「伊藤計劃という天才の遺志を次世代がどう受け継いだか」という感動的なドキュメントとして鑑賞できます。
参考:伊藤計劃プロジェクトの詳細情報(作品の誕生背景と3部作の関係がわかります)
屍者の帝国を観る前に「原作を読んでおくべきか」という問いは、実は答えが逆説的です。
複数のレビュアーが指摘しているのは「原作未読の方が映画を楽しめる可能性がある」という事実です。これは一見奇妙に思えますが、理由があります。原作は非常に衒学的・難解な文体で書かれており(特に円城塔が執筆した大部分)、「これが伊藤計劃作品か」という困惑を感じた原作読者も少なくありません。その困惑が先入観となって映画に向かうと、改変部分への不満が先に立ちやすくなります。
映画版が行った最大の改変であるフライデーの設定変更については、純粋に映画としての評価では好意的な反応が多いのです。「親友の魂を取り戻す旅」という明確な動機は、2時間の映像作品として感情移入しやすく、クライマックスの盛り上がりにも貢献しています。
ただし、先に映画を見てから原作に進んだ場合には、「映画では削られていた要素がこんなに深かったのか」という驚きを得られます。特に日本編やアメリカ編の詳細は原作でしか味わえない密度です。原作が持つテーマ性のさらなる深さに触れたいと思ったら、視聴後に河出文庫版の小説を手に取るのがおすすめです。
つまり鑑賞順の最適解はこうです。
この3ステップで鑑賞すると、最終的な満足度が最も高くなる可能性があります。逆に原作を先に読んでしまうと「削られた部分への不満」が先に立ちやすく、映画の評価が下がりやすいのです。「原作ファンほど評価が低くなる」というのはこの構造から生まれています。
屍者の帝国は決して「つまらない映画」ではありません。見方と知識によって評価が劇的に変わる、希少な作品と言えるでしょう。WIT STUDIOの圧倒的な映像美、スチームパンクの世界観、伊藤計劃という作家の遺志、これら3つを楽しむ気持ちで臨めば、64.9点という平均点以上の体験が得られるはずです。
参考:映画レビューサイト映画.comの屍者の帝国評価ページ(多様な視点のレビューが集まっています)
https://eiga.com/movie/81452/review/