YUKIが書いた歌詞は、実は自身の高校1年生の夏休みの実体験そのものです。
「坂道のメロディ」は、2012年4月にフジテレビの「ノイタミナ」枠で放送を開始したTVアニメ『坂道のアポロン』のオープニングテーマです。作詞はYUKI本人が担当し、作曲・編曲はアニメ本編の劇伴も手がけた菅野よう子が担当した、完全な書き下ろし楽曲となっています。
この2人の組み合わせが注目を集めたのは、YUKIと菅野よう子にとってこれが初めてのコラボレーションだったからです。それぞれが日本の音楽シーンで高い評価を受けてきたアーティスト同士の、初顔合わせという特別な背景があります。
YUKIにとってもこの主題歌は大きな意味を持っていました。ノイタミナ枠でのアニメ主題歌は、2005年〜2006年に放送された『ハチミツとクローバー』の「ドラマチック」「ふがいないや」以来、実に約6年ぶりの担当となりました。つまり、ファンにとっては待望の再タッグだったわけです。
この楽曲は2012年5月2日に発売されたYUKIの24枚目のシングル「プレイボール/坂道のメロディ」の両A面として収録されています。オリコン週間チャートでは最高3位を記録し、2012年5月14日付のオリコン週間アニメシングルチャートでは1位を獲得しています。商業的にも高い評価を受けた一枚です。
また、このシングルリリースはYUKIのソロデビュー10周年の記念第一弾作品という位置づけでもありました。同年5月6日には東京ドームでのソロライブ(SOLD OUT)も開催されており、アーティストとしての充実期に生まれた楽曲であることが分かります。
ナタリー:YUKI×菅野よう子「坂道のアポロン」OPで初コラボ実現(2012年3月12日)
「坂道のメロディ」は一度聴くと忘れられない独特の曲展開を持っています。この楽曲が持つ「疾走感」の秘密は、実は巧妙なテンポ操作にあります。
冒頭はBPM88のミディアムテンポのバラードとして始まります。ホーンやバグパイプ的なメロディが混ざったマーチ風のイントロからAメロへと続き、Bメロでも抒情的なメロディが展開されます。これだけなら「穏やかなバラード」で終わるはずです。
ところが、Bメロの後半から突然テンポが変化し、サビに入るとBPM176という倍テンポのロックテイストの曲へと変貌します。BPM88からBPM176へ、つまりスピードが2倍になるということです。自転車で走っていたら急に新幹線に乗り換えたような衝撃があります。
これが基本です。さらに2番のAメロでは音数をぐっと減らしてシンプルな音像に戻り、再びサビへと突入するという構成が繰り返されます。最後はイントロと同じマーチ的なモチーフに戻り、オーケストレーションで壮大にフィナーレを迎えます。
異なるテイストのパートをこれだけ短い1曲の中にまとめ上げるのは、並大抵の作編曲家にはできません。ここに菅野よう子という作曲家の真骨頂があります。バラードからロック、マーチ、オーケストレーションという異質な要素が破綻なく一つの楽曲として機能しているのは、各パートをつなぐ細かなオブリガードや強弱の調整、緻密な音色バランスがあってこそです。
YUKIの歌唱力もこの難曲を成立させる重要な要素です。テンポや音楽スタイルが目まぐるしく変化する中でも、YUKIのボーカルはその都度適切な表情を見せ、聴き手が迷子にならないよう曲の核として機能しています。結論は、YUKIと菅野よう子の双方がいて初めて成立する奇跡の楽曲です。
アニメ『坂道のアポロン』がジャズアニメとして特別な評価を受けている理由の一つに、劇中で演奏されるジャズ音楽の本物感があります。これは偶然ではなく、制作上の明確な意図によるものです。
本作の劇中ジャズ演奏には、ピアノに松永貴志、ドラムに石若駿という本物のジャズミュージシャンが起用されました。松永貴志は国内外で高い評価を得る実力派ジャズピアニスト、石若駿は当時わずか18歳だったドラマーです。その若さで菅野よう子のプロデュースするセッションに参加したという事実は、彼の音楽的才能の高さを示しています。
これは使えそうです。実際に、このセッション音源をそのままアニメ本編に使用するという手法が採られました。アニメ制作でありがちな「それっぽいBGM」ではなく、プロのミュージシャンが実際に演奏した生音を使っているため、作中のジャズシーンに圧倒的なリアリティが生まれたわけです。
劇伴として収録されているジャズ曲には、スタンダードジャズの名曲「Moanin'」をはじめ、菅野よう子によるオリジナル楽曲も多数含まれています。「Moanin'」はアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズが1958年に録音した名盤収録曲であり、ジャズファンには特に馴染み深い一曲です。アニメを通じてジャズの名曲を知るきっかけになった視聴者も多く、本作はジャズの入門作品として今でも語られています。
トランペットには類家心平も参加しており、作品全体のサウンドは菅野よう子がトータルプロデュースしています。60年代の九州を舞台にした物語の雰囲気を音楽面でも完璧に再現した仕事として、音楽ファンからの評価は今も高いです。
アニメ「坂道のアポロン」公式サイト:イントロダクション(ジャズ演奏者情報あり)
OPテーマの「坂道のメロディ」ばかりが注目されがちですが、エンディングテーマ「アルタイル」も非常に高い評価を受けた楽曲です。「アルタイル」は秦基博が作詞を担当し、菅野よう子が作曲・編曲を手がけた楽曲で、歌は秦基博が担当しています。
意外ですね。同じ菅野よう子が作曲しているにもかかわらず、OPとEDでここまでテイストが違う楽曲になっています。「坂道のメロディ」が疾走感と高揚感に満ちた青春の喜びを表現しているのに対し、「アルタイル」は秦基博のせつなく暖かいボーカルを活かした、別れや郷愁を感じさせる曲調になっています。
「あの坂道で君を待っていた」という歌い出しのフレーズは、アニメの世界観と完璧にリンクしています。アルタイルとは七夕の「彦星」を指す星の名前で、一年に一度だけ出会えるという切ない恋のイメージと物語のテーマが重なります。作詞家としての秦基博のセンスが光るタイトル設定です。
「アルタイル」は秦基博と坂道のアポロンのコラボ作品として2012年に発売され、OPと同様に菅野よう子のプロデュースによる書き下ろし楽曲です。OPとEDで全く異なる色を持ちながらも、どちらも菅野よう子の手によって同一作品の世界観を表現しているという点が、この作品の音楽的なレベルの高さを物語っています。
OP・ED・劇中曲のすべてを菅野よう子が統括しているアニメというのはそれほど多くはなく、この「完全菅野よう子プロデュース」体制こそが坂道のアポロンの音楽を特別なものにしている大きな要因です。
「坂道のメロディ」の歌詞は、単なるアニメのタイアップ曲として書かれたものではありません。YUKI自身が楽曲について語ったコメントを読むと、歌詞の言葉一つひとつが深みを増します。
YUKIはこの楽曲についての自身のコメントの中で「高校1年生の夏休みでした。女の子同士でバンドを組み、生演奏で歌を歌いました。それまで体験したことのない興奮が体中を巡り、このまま時が止まってしまえばいいのに…!と思いながら」という実体験を告白しています。YUKIにとってこの楽曲は、自分が初めて音楽の喜びに目覚めた瞬間の感情をそのまま書いたものでした。
「坂道のアポロン」の登場人物たちと同じように、いつだって音楽が人生に寄り添っているという言葉は、アニメの主題歌を書いた経験談というよりも、YUKIというアーティストのルーツそのものを語っています。これが歌詞に宿る本物のリアリティの源泉です。
さらに興味深いのは「余談ですが、作者の方と同じ名前というのが、なかなか運命を感じます」というコメントです。アニメの原作漫画を描いた作者の名前が「小玉ユキ」であり、YUKIと名前が同じであることに運命的なものを感じたと語っています。結果的にこの「運命の感覚」を持ってのぞんだ楽曲であることが、曲のクオリティにも繋がったと言えるかもしれません。
この楽曲のキーはFです。アニメファンだけでなく音楽好きの人にとっても歌いやすい音域に設定されており、カラオケやバンドでのカバーに挑戦しやすいという点も人気が長続きしている理由の一つです。楽譜はヤマハの「ぷりんと楽譜」などでバンドスコアとして現在も入手可能です。
BARKS:YUKI、新曲がアニメ『坂道のアポロン』OPに(YUKIのコメント全文掲載)