主人公のくんちゃんを演じた子役は、収録時わずか4歳だった。
映画『未来のミライ』(2018年公開、スタジオ地図制作)は、細田守監督が手がけたオリジナルアニメーション映画です。主要キャストは以下のとおりです。
| キャラクター名 | 声優(俳優)名 | 主な代表作・肩書き |
|---|---|---|
| くんちゃん(幼少期) | 黒木華 | 映画『花束みたいな恋をした』など |
| ミライちゃん(未来) | 上白石萌歌 | 女優・歌手、映画『恋は雨上がりのように』など |
| お父さん | 星野源 | 俳優・ミュージシャン、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』など |
| お母さん | 麻生久美子 | 映画『ゆれる』など実力派女優 |
| ひいじいじ(若い頃) | 福山雅治 | 俳優・ミュージシャン、ドラマ『ガリレオ』など |
| おじいちゃん(現在) | 役所広司 | 映画『シコふんじゃった。』など国際的俳優 |
| おばあちゃん | 宮崎美子 | 女優・タレント |
主人公くんちゃんを演じた黒木華は、当時29歳の女優でした。幼い男の子の声を大人の女優が担当するというのは、日本のアニメーション界では珍しいことではありませんが、黒木のキャスティングは特に話題を集めました。
これは意外ですね。声優陣のほぼ全員が、いわゆるプロの声優ではなく俳優や歌手で構成されています。
細田守監督はこれまでの作品でも、『サマーウォーズ』では神木隆之介、『おおかみこどもの雨と雪』では宮﨑あおいを起用するなど、俳優をメインキャストに据えるスタイルを一貫して取り続けています。プロ声優が脇を固めることはあっても、主役級のキャラクターには演技派俳優を当てるのが細田作品の特徴です。
ミライちゃん(未来の妹)を演じた上白石萌歌は、収録当時まだ19歳でした。姉の上白石萌音も人気女優・歌手として活躍しており、姉妹ともに映像作品への出演経験が豊富でしたが、アニメ映画での声優起用は本作が初めてに近い大きな挑戦でした。
上白石萌歌が選ばれた理由のひとつとして、細田守監督が「声の透明感と年齢を超えた落ち着き」を高く評価していたことが知られています。ミライちゃんは未来から来た「お姉さん」というキャラクターであり、年相応の幼さと不思議な大人びた雰囲気の両方が求められる難しい役どころです。
透明感が条件です。
上白石萌歌はインタビューの中で、「ミライちゃんは自分とは全く異なる存在だったので、どう声を当てればいいか最初は戸惑った」と語っています。しかし収録を重ねるうちに、細田監督のディレクションによってキャラクターとしての輪郭が明確になっていったといいます。
実際の収録では、親子のシーンなど感情的な場面が多く、現場では共演者と実際に会話するような形で収録が進められたとも伝えられています。これにより、家族の会話としての自然なやりとりが声に宿ることになりました。
星野源がお父さん役、福山雅治がひいじいじの若い頃を演じたというキャスティングは、公開前から大きな話題を呼びました。どちらも俳優としての実績と同時に、ミュージシャンとしても日本国内で圧倒的な知名度を誇る存在です。
星野源は作中で、新米パパとして子育てに奮闘する「等身大の父親」を演じています。育児に不慣れで試行錯誤するお父さんの姿は、現代の子育て世代に強くリンクするキャラクターであり、星野源の声が持つ親しみやすさと絶妙にマッチしていました。
これは使えそうです。
一方、福山雅治が演じたひいじいじは、若き日の勇ましいバイク乗りという姿で登場します。福山が持つスタイリッシュでクールなイメージが、キャラクターの格好よさと直結していました。福山雅治のファン層と映画の観客層が重なったことも、本作の動員数(国内興行収入28億円超)に貢献したと分析されています。
役所広司が演じる「現在のおじいちゃん」も見逃せません。役所は2023年のカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した日本を代表する国際的俳優ですが、本作での柔和で温かみのある声の演技は、彼の映像作品とは一味異なる魅力を引き出していました。
『未来のミライ』は2019年のアカデミー賞(第91回)において、長編アニメーション映画賞にノミネートされました。日本のアニメーション映画がこの部門にノミネートされた例は決して多くなく、スタジオジブリ作品を除くと非常に珍しい快挙です。
アカデミー賞の同部門で受賞したのはディズニー&ピクサーの『スパイダーマン:スパイダーバース』でしたが、『未来のミライ』がノミネートされた事実は、日本国内よりも海外メディアで大きく取り上げられました。
つまり、海外での評価が国内より高かったということです。
この評価の背景には、声優陣が体現した「家族の声の自然なリアリティ」があると海外映画評論家から指摘されています。英語吹き替え版でも星野源の演じたお父さんキャラクターの「等身大感」は高く評価され、吹き替え声優のディレクションにも影響を与えたと伝えられています。
また、本作はアニー賞(アニメーション分野の国際的権威ある賞)でも複数部門にノミネートされており、細田守監督と声優陣が作り上げた作品世界の完成度が国際的に認められた形となりました。こうした国際的な評価は、日本アニメーション映画全体のブランド価値向上にもつながっています。
細田守監督のキャスティング哲学は、日本のアニメ制作界において独特の立場を占めています。多くのアニメーション作品が専業の声優を起用する中、細田監督は一貫して俳優・アーティストをメインキャストに迎え続けてきました。
この理由について、細田監督は複数のインタビューで「普通の人の声が持つリアリティを大切にしたい」と述べています。プロの声優が持つ表現力の高さを否定しているわけではなく、「日常の家族の会話」「子育ての疲れや喜び」といった現実感を声に宿らせるために、生活者としての経験値が豊かな俳優の声を選ぶという判断です。
これが原則です。
この哲学は『未来のミライ』で特に顕著に表れています。お父さん(星野源)とお母さん(麻生久美子)の会話は、アニメキャラクターのやりとりというよりも、実際の夫婦の会話に近い温度感として視聴者に届きます。麻生久美子が醸し出す「忙しくも愛情深いお母さん」のニュアンスは、日常の細かい感情の機微を表現できる女優ならではのものです。
一方で、この手法には批判的な意見も存在します。「プロの声優を使わないのは声優業界への敬意が欠けている」という声も一定数あり、アニメファンの間では公開のたびに議論が起こります。しかし細田監督はこうした批判に対してもブレることなく、自らの哲学に基づいたキャスティングを継続しており、その一貫性が作品ごとの統一したトーンを生み出しています。
日本のアニメーション映画は、声優の演技スタイルによって大きく作品の雰囲気が左右されます。細田監督が選んだ「俳優の声」というアプローチは、ジブリ作品が行ってきた手法とも重なる部分があり、「映画としてのアニメーション」を追求するうえでの必然的な選択とも言えます。
細田守監督の作品世界に興味を持った方は、同監督の過去作である『サマーウォーズ』(2009年)や『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)、『バケモノの子』(2015年)もあわせて鑑賞すると、キャスティングの変遷と声のリアリティへのこだわりをより深く体感できます。各作品ともAmazon Prime VideoやNetflix、U-NEXTなどの主要な動画配信サービスで視聴可能です。