実は「バケモノの子」の主人公・九太の子ども時代の声は、プロの声優ではなく一般オーディションで選ばれた少年が担当しています。
「バケモノの子」の主人公・九太の少年期(渋谷に暮らす9歳前後の時期)を演じたのは、宮崎莉里沙さんです。
公開当時まだ子役として活動していた宮崎さんは、一般公募に近いオーディションを経てこの役を射止めました。プロの声優事務所に所属するいわゆる「声優プロパー」ではありませんでした。それが意外ですね。
少年らしい荒削りな感情表現が、孤独で怒りっぽい九太の性格に非常にマッチしており、細田守監督が「感情の生々しさ」を優先してキャスティングしたことが制作インタビューで語られています。声が上手いかどうかよりも、「その子の持つ感情のリアルさ」を重視したということです。
結論は、技術より感情のリアルさが優先されたということです。
これは細田守作品全般に見られる傾向で、「おおかみこどもの雨と雪」でも主人公・花の声を演じた宮崎あおいさんが声優未経験のままキャスティングされており、監督の一貫したスタンスが伺えます。
青年に成長した九太の声を担当したのは、俳優の染谷将太さんです。
染谷さんは映画「ヒミズ」「寄生獣」「闇金ウシジマくん」など実写映画での演技で高く評価されており、アニメ映画の声優として起用されたのは「バケモノの子」が代表的な作品のひとつです。声優としての経験が少ない中で、長編アニメーション映画の主人公を張るのは異例の抜擢でした。
これは使えそうです。
染谷さんの声は低めで、どこか内側に感情をため込むような独特のトーンを持っています。それが、孤独を抱えながら成長してきた九太という人物の内面とよく合致しています。「演じている」というより「そこにいる」ような自然な声質が、作品に深みを与えているといえるでしょう。
青年期の九太は、単純に「強くなりたい」という少年期の欲求から、「自分とは何者か」という実存的な問いを抱える複雑なキャラクターです。その揺れを、染谷さんの声は繊細に表現しています。
九太の師匠であり、この映画のもう一人の主人公ともいえる熊徹を演じたのは、名優・役所広司さんです。
役所さんは「Shall we ダンス?」「うなぎ」「CURE」「孤狼の血」など数多くの映画で主演を務め、カンヌ国際映画祭をはじめとする国際的な映画賞でも高く評価されてきた俳優です。2023年の映画「PERFECT DAYS」ではカンヌ映画祭で男優賞を受賞しています。これほどの実力派俳優がアニメ映画の声を担当するのは、非常に稀なことです。
つまり、熊徹の声のスケール感は役所さんあってこそです。
熊徹というキャラクターは、見た目は恐ろしい熊のバケモノでありながら、中身は不器用でわがままな「大人になりきれない男」です。豪快さと幼稚さが同居する難しい役どころを、役所さんは野太い声と絶妙なコミカルさで見事に体現しました。
九太との稽古シーンや喧嘩のセリフは特に迫力があり、役所さんの声なしには成立しなかったといっても過言ではないでしょう。
九太が人間の世界に戻ってから出会うヒロイン・楓を演じたのは、女優の広瀬すずさんです。
公開当時(2015年)の広瀬すずさんはまだ17歳で、本格的なアニメ映画の声優としての起用は事実上「バケモノの子」がデビューとなりました。当時すでにCM出演や女優としての活動が注目されていたものの、声優としてはほぼ無名に近い状態での大抜擢でした。
意外ですね。
楓は明るくて芯の強い女の子として描かれており、広瀬さんの澄んだ声質がそのキャラクターに自然に溶け込んでいます。九太が人間社会に馴染んでいく過程で、楓の存在は精神的な支えになっていきます。声の演技においても、友情から芽生える感情の変化が丁寧に表現されています。
広瀬すずさんはその後、アニメ映画「未来のミライ」(2018年)でも細田守監督作品に再登板しており、監督との信頼関係が伺えます。
「バケモノの子」には主人公たちの周囲を彩る個性豊かなキャラクターが多数登場し、それぞれに実力派のキャストが揃っています。
一郎彦(少年期)を演じたのは黒木華さんです。熊徹のライバルである猪王山の息子で、九太とは対照的な育ちを持ちます。黒木さんは少年の声でありながら、どこか翳りと孤独を感じさせる独特の演技を見せました。
一郎彦(青年期)を演じたのは宮野真守さんです。声優プロパーとして「デスノート」のL役や「機動戦士ガンダム00」の刹那・F・セイエイ役などで名高い宮野さんですが、「バケモノの子」での一郎彦は狂気と悲しみを帯びた難役で、その演技は高く評価されています。
百秋坊(ひゃくしゅうぼう)を演じたのはリリー・フランキーさんです。ひょろっとした鳥のバケモノで、熊徹の弟子仲間として登場します。リリー・フランキーさんの独特の声のトーンが、このキャラクターのつかみどころのない雰囲気をうまく表現しています。
猪王山(いのおうざん)を演じたのは山路和弘さんです。ベテランの声優・俳優として多くの作品で活躍しており、猪王山のどっしりとした威厳を声で体現しています。
宗師(そうし)を演じたのは長塚京三さんです。バケモノ界の頂点に立つ存在で、そのセリフ数こそ多くないものの、長塚さんの重厚な声が宗師の神秘的な存在感を一段と高めています。
蓮(九太の本名・成長後)の関係者として登場する九太の父親役は津川雅彦さんが担当しました(2018年に逝去)。ごく少ない登場場面ながら、その存在感は作品に奥行きを加えています。
キャストは総じて「声優プロパー」と「俳優・タレント」の混成で構成されています。細田守監督はこのミックスを意図的に行っており、「それぞれのキャラクターに最も合った声と感情を持つ人を選ぶ」という方針を一貫して取っています。
以下に主要キャスト一覧を表で整理します。
| キャラクター名 | 担当声優・俳優 | 備考 |
|---|---|---|
| 九太(少年期) | 宮崎莉里沙 | オーディション選出の子役 |
| 九太・蓮(青年期) | 染谷将太 | 実写映画俳優 |
| 熊徹(くまてつ) | 役所広司 | カンヌ受賞の名優 |
| 楓 | 広瀬すず | 当時17歳、声優初挑戦 |
| 一郎彦(少年期) | 黒木華 | 女優 |
| 一郎彦(青年期) | 宮野真守 | 声優プロパー |
| 百秋坊 | リリー・フランキー | 俳優・作家 |
| 猪王山 | 山路和弘 | ベテラン声優・俳優 |
| 宗師 | 長塚京三 | ベテラン俳優 |
| 九太の父 | 津川雅彦 | 故人、名優 |
細田守監督はアニメーション映画において、いわゆる「声優プロパー」にこだわらないキャスティングを一貫して行ってきた監督です。
「時をかける少女」(2006年)での仲里依紗、「サマーウォーズ」(2009年)での桜庭ななみと谷村美月、そして「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)での宮崎あおい——いずれも声優未経験または経験の浅い俳優・女優が主要キャラクターを担当しています。声優経験だけが優先順位の最上位ではないということです。
細田監督がインタビューで繰り返し語っているのは「声のプロよりも、そのキャラクターの感情を持っている人を選ぶ」という考え方です。これはスタジオジブリの宮崎駿監督が「もののけ姫」の主人公・アシタカに松田洋治を起用した際の方針とも共鳴しています。
この手法のメリットは、声に「演技の垢がついていない」点にあります。プロの声優は技術的に安定している反面、どこかで聞いたことのある声のニュアンスになりがちです。俳優や一般人から選ぶことで、「初めて聞く声」がキャラクターに新鮮な個性を与えます。
デメリットも当然あります。音響監督や録音スタッフの負担が増え、1キャラクターあたりの収録テイク数が増加することがあります。それでも細田監督がこの手法を選ぶのは、「完成したアニメーション映画としての感動の質」を最優先にしているからです。
「バケモノの子」の声優陣は、プロの声優である宮野真守さんや山路和弘さんをはじめ、俳優の役所広司さん・染谷将太さん・広瀬すずさんが並ぶ異色の布陣です。その混成が、現実世界とバケモノ界という二つの世界を行き来するこの作品の「リアルとファンタジーの融合」というテーマとも符合しています。
声優という役割は「キャラクターの感情を届けるための手段」であり、その担い手の肩書きよりも「声と役柄の一致」が優先されるべきという監督の信念は、「バケモノの子」の声優一覧を見るだけでも十分に伝わってきます。
細田守作品の声優起用に興味を持った方には、スタジオ地図(細田監督の制作スタジオ)の公式サイトや、各作品のパンフレットに掲載されたキャスト・スタッフインタビューを確認することをおすすめします。声の演技の裏側にある意図が詳しく語られており、作品をより深く楽しむための手がかりになります。
スタジオ地図公式サイト(細田守監督作品の制作スタジオ)|キャスト情報・作品情報の確認に