庵野秀明さんがプロの声優ではないのに、あなたの「庵野の演技は下手」という評価が作品の興行収入120億円超えに貢献していた。
2013年に公開されたスタジオジブリの映画『風立ちぬ』は、零戦の設計者として知られる堀越二郎をモデルにした宮崎駿監督の作品です。その主人公・堀越二郎の声を担当したのが、アニメ監督として名高い庵野秀明さんでした。声優として知られていない人物をジブリ映画の主役に起用するというのは、当時としても非常に異例の判断でした。
宮崎駿監督がオーディションを行ったのは、堀越二郎という人物像に「生の、素朴な声」を求めていたからだとされています。スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんによれば、候補者は俳優・声優・一般人を含めて約20名が検討され、音声のみのブラインドテストという形で選考が進められました。
庵野さんの声が最終的に選ばれた理由について、宮崎監督は「この映画には、普通の声優さんが持つ技術的な上手さよりも、もっと素直な声が必要だった」と語っています。これが一般的な「上手な声優を起用する」という常識とは真逆の考え方であり、多くの観客が驚いた点でした。
意外な事実があります。庵野さんはこのオーディションに、自分が本気で選ばれるとは思わずに参加したとも伝えられています。それでも最終的に選ばれた背景には、宮崎監督と庵野さんの長年の信頼関係が大きく影響しています。
| 役名 | 担当声優 | 職業 |
|---|---|---|
| 堀越二郎(主人公) | 庵野秀明 | アニメ監督(エヴァンゲリオン) |
| 菜穂子 | 瀧本美織 | 女優・歌手 |
| 本庄 | 西島秀俊 | 俳優 |
| カプローニ | 野村萬斎 | 狂言師・俳優 |
| 黒川 | 西村雅彦 | 俳優 |
| 二郎の妹・加代 | 志田未来 | 女優 |
キャスト全体を見ると、いわゆる「声優」としてのキャリアを主軸に置く人物はほとんど含まれていないことがわかります。これは宮崎監督が「役者性」よりも「声のリアリティ」を重視したことを示しています。
公開直後からSNSや映画レビューサイトでは、庵野秀明さんの演技に対する意見が真っ二つに分かれました。批判側の意見としては「棒読みに聞こえる」「感情が伝わらない」「声優に頼むべきだった」という声が目立ちました。一方で「あの淡々とした話し方が堀越二郎という技術者の人物像にぴったりだ」と評価する声も多くあり、賛否は現在も続いています。
注目すべきは、映画の興行収入が最終的に約120億円を超えた点です。批判的な意見がこれだけ多かったにもかかわらず、これだけの集客を達成したことは、作品全体の完成度と話題性が高かった証拠です。つまり「下手だ」という評価が逆に口コミとして機能し、映画を見に行く動機になっていたとも解釈できます。
これは興味深い現象ですね。
映画評論家の観点からは、「プロの声優ではない人物が主役を演じることで、かえって作品の"作り物感"が薄れ、ドキュメンタリー的なリアリズムが生まれた」という分析もあります。宮崎監督はこの点を意図していた可能性が高く、庵野さんの演技の「粗さ」こそが、戦前日本の空気感を表現する上で有効だったと評価されています。
庵野さん自身も後のインタビューで、「自分の演技が良かったかどうかはわからないが、宮崎さんが選んだのだから信じるしかなかった」と語っています。プロとしての演技訓練を積んでいないからこそ生まれる「素直さ」が、この作品においては強みになったとも言えます。
評価は割れていますが、それ自体が作品の話題性を高めたとも言えます。
庵野秀明さんが声優として抜擢された背景には、宮崎駿監督との深い師弟関係があります。庵野さんが大阪芸術大学在学中に自主制作した作品『帰ってきたウルトラマン』(1983年)が宮崎監督の目に留まり、その才能を高く評価された記録があります。
その縁がきっかけとなり、庵野さんは1984年公開のジブリ作品『風の谷のナウシカ』で、巨神兵のアニメーションを担当しました。この巨神兵シーンは当時のアニメーション技術の水準を大きく超えるものとして評価され、スタジオジブリ設立以前の宮崎監督のチームにおいて庵野さんの存在感を示す仕事となりました。
師弟関係が土台にあります。
その後、庵野さんはガイナックスを設立して『新世紀エヴァンゲリオン』を生み出し、日本アニメ界を代表する監督として独自の道を歩みます。それでも宮崎監督との関係は続き、互いの作品を尊重し合う間柄として知られています。宮崎監督が2006年に庵野さんのために映像作品『ナウシカ』の試写会を開催したというエピソードも残っています。
『風立ちぬ』における起用は、こうした30年以上に及ぶ関係性の延長線上にある、極めて個人的かつ信頼に基づいた選択でした。単なるオーディション結果というよりも、「この映画のために声を貸してほしい」という宮崎監督の個人的な信頼の表れと捉えるのが自然です。
庵野さんはエヴァンゲリオンの制作を通じて、アニメにおける内向的・思索的なキャラクター像を数多く描いてきた人物です。堀越二郎という「夢を追う不器用な技術者」の内面を声で表現する上で、庵野さん自身の人物像との親和性も、起用の背景にあったと考えられます。
「棒読み」と批判されることが多い庵野さんの演技ですが、これが実は宮崎監督の演出意図に沿っていたという見方は非常に重要です。映画全体を通じて、堀越二郎というキャラクターは感情を表に出さない、内省的な人物として描かれています。
宮崎監督は、過去のインタビューで「現代の声優さんは上手すぎる。上手な演技は、観客が感情移入しやすいように設計されているが、それは一方で"操作されている"感覚にもなる」と語ったことがあります。つまり、技術的に完成された演技は、観客を物語に引き込む効率は高いものの、同時にその人工性を感じさせてしまうリスクがあるという考えです。
それが監督の哲学です。
庵野さんの「素朴な」声は、その人工性を排除するための選択として機能しています。堀越二郎が夢の中でカプローニと語り合う場面や、菜穂子に向き合う場面でも、庵野さんの声は過度に感情的になりません。この淡々とした語り口が「二郎という人間の不器用さ」や「時代の重さ」を静かに表現していると、肯定派の観客には伝わっています。
アニメーション研究者の視点からも、「非声優を主役に使うことで、観客が声に頼らず映像と音楽で物語を受け取るモードになる」という分析があります。実際、『風立ちぬ』は久石譲による音楽と宮崎監督の映像表現の密度が非常に高く、声のトーンが静かなことで音楽と映像が前景化する構造になっています。
この観点から見ると、庵野さんの演技は「下手」ではなく「意図的に抑制されたもの」であり、映画全体のトーンと一致しているという結論になります。それを理解した上でもう一度鑑賞すると、作品の見え方が変わるかもしれません。
『風立ちぬ』は宮崎駿監督が「これが自分の最後の長編映画になるかもしれない」と語りながら制作した作品です(実際にはその後『君たちはどう生きるか』が制作されましたが、当時の宮崎監督の気持ちとしてはそのような覚悟がありました)。そのため、この映画に込められたメッセージは非常に個人的かつ濃密なものです。
庵野秀明さんを起用したことにも、そのメッセージ性が反映されています。堀越二郎は「美しいものを作りたい」という純粋な夢を持ちながら、その夢の産物が戦争に使われていくという矛盾を抱えた人物です。宮崎監督自身も、アニメという表現を通じて子どもたちに夢を与えながら、同時に商業主義や暴力性との葛藤を抱えてきた人物です。
二人の姿が重なります。
庵野さんもまた、エヴァンゲリオンを通じて社会的なメッセージと自己の内面をぶつけ合い、精神的な限界まで追い詰められながら作品を作り続けてきた監督です。宮崎監督が庵野さんに声を依頼したのは、「私と同じように、作ることの苦しみと喜びを知っている人間に、この役を演じてほしかった」という思いがあったからではないかとも言われています。
この映画を「堀越二郎の伝記」としてではなく、「作ることに人生を捧げた者たちへの讃歌」として見たとき、庵野さんの声は単なるキャスティングの一つではなく、作品の核心にある意図そのものとして機能していることがわかります。
『風立ちぬ』の主題歌『ひこうき雲』を荒井由実(松任谷由実)が担当したことも含め、この映画はスタジオジブリという組織を超えた、宮崎駿という一人の人間の個人的な集大成として位置づけられています。庵野秀明という声の選択は、その文脈の中でこそ最も深く理解できるものです。
参考:スタジオジブリ公式サイトによる『風立ちぬ』作品情報
スタジオジブリ公式|風立ちぬ 作品情報・キャスト詳細
参考:宮崎駿監督のコメント・インタビューを含む作品解説(映画.com)
映画.com|風立ちぬ レビュー・解説・キャスト情報
参考:庵野秀明の経歴とジブリとの関係性についての解説
NHK|庵野秀明特集・アニメ監督としての歩みと宮崎駿との関係

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