あなたが知っている「風の谷のナウシカ」の主題歌、実は映画の中で1秒たりとも流れていません。
「風の谷のナウシカ」の主題歌として広く知られているのが、安田成美が歌う同名タイトルの楽曲です。作詞は松本隆、作曲は細野晴臣というコンビが手がけました。松本隆と細野晴臣はともに1970年代のフォークロックバンド「はっぴいえんど」のメンバーとして活躍した音楽界の重鎮であり、当時のヒットチャートにおける最強の布陣と称されるほどの組み合わせでした。
歌詞の全文は以下のとおりです。
歌詞には「金色の花びら」「まばゆい草原」「眠る樹海」「はるかな地平線」など、開放的で自然豊かなイメージが散りばめられています。「やさしさは見えない翼ね」というフレーズはナウシカの内面の優しさを象徴し、「何故人は傷つけあうの」という問いかけはナウシカの平和への願いを代弁しているとも取れます。歌詞自体はナウシカというキャラクターの心情と世界観をロマンティックに表現した内容です。
しかし宮崎駿監督とプロデューサーの高畑勲は、この歌詞の「青空から舞い降りたら やさしく抱きしめて」などの部分を「媚態丸出しの軟弱な詞」と評して強く反対したことが記録に残っています。つまり歌詞の出来が問題ではなく、映画の壮大な世界観と歌詞のトーンが合わないという判断でした。これが重要なポイントです。
安田成美は1983年の「ナウシカガール・コンテスト」でグランプリを獲得し、デビュー曲として本楽曲を歌いました。発売後、シングルは約20.9万枚のセールスを記録しており、安田成美自身の最大のヒット曲にもなっています。これだけの売り上げがある曲が、映画本編では1度も使われないという異例の事態が生じたのです。
安田成美と細野晴臣の実際のレコーディングの様子と、制作当時の裏話が詳しく掲載されています。
映画本編で流れなかった理由は複数の証言や資料によって語られています。まず、制作会社の徳間書店側はエンディングにこの楽曲を使うよう強く主張しました。一方でプロデューサーの高畑勲が強硬に反対し、最終的に主題歌を劇中で使用しない方針が採用されたのです。
高畑勲が反対した理由の詳細は、書籍『宮崎駿全書』(叶精二・著)に記されています。ここには「この主題歌は『青空から舞い降りたら やさしく抱きしめて』といった媚態丸出しの軟弱な詞、『風の谷のナウシカ』と連呼するメロディなどが、原作の壮大なイメージを損ねるとしてファンには不評であった。宮崎・高畑もこの曲に拒否反応を示した」という記述があります。これは当時のファンからもすでに同様の批判があったことを示しています。
結果として映画のエンディングには久石譲が作曲した「風の伝説」が採用されました。公開時はもちろん、その後のビデオ・DVD・テレビ放送でも一貫してこの方針が守られています。
ところが面白いことに、2023年にSNSで「劇場公開時のエンディングで安田成美の歌が流れた」という声が続出しました。複数の人が「上野で観たが流れた」「北九州でも聴いた」などと証言し、議論を呼んでいます。有力な説のひとつは、差し替えが間に合わなかった一部の映画館でエンディングバージョンに安田成美の曲が入ったフィルムがそのまま上映されたというものです。つまりごく初期の上映分には、主題歌が流れていたバージョンが存在した可能性があります。意外ですね。
安田成美版は映画のシンボル・テーマソングとして、予告CMやテレビCMでは積極的に使用されていました。そのため当時の観客はCMでこの曲を繰り返し耳にしていたにもかかわらず、映画を観ると本編では流れないという違和感を覚えた人も多かったはずです。これが「聴いた記憶がある」という混乱の一因とも考えられます。
また、映画にはサウンドトラックのエンド・タイトルクレジットに「歌:安田成美」の表記が入っています。映画館のロビーや幕間で流れていたケースもあり、「映画でそれっぽい音楽として認識した」という人も少なくありません。エンディングに表記だけあって曲が流れないというのは、当時としても非常に珍しい状況だったことは間違いないです。
▶ 映画で使われなかった安田成美「風の谷のナウシカ」をめぐる大論争(magmix)
「聴いた」派と「聴いていない」派の議論の詳細と、上映時の状況分析が読めます。
映画本編の音楽はすべて久石譲が担当しており、これが久石譲と宮崎駿監督の初タッグ作品となりました。その後のジブリ作品でのコンビネーションの出発点が、この「風の谷のナウシカ」なのです。久石譲は当時、現代音楽の作曲家として活動していましたが、本作をきっかけに映画音楽家として広く知られるようになります。
サウンドトラック「~はるかな地へ~」に収録されているのは全13曲。以下がその一覧です。
| # | 曲名 | 主な使用シーン |
|---|---|---|
| 1 | 「風の谷のナウシカ」〜オープニング〜 | オープニングタイトル |
| 2 | 王蟲の暴走 | ユパを追う王蟲のシーン |
| 3 | 風の谷 | ユパが風の谷に到着するシーン |
| 4 | 虫愛ずる姫 | ナウシカが空を飛ぶシーン |
| 5 | クシャナの侵略 | クシャナ初登場など複数シーン |
| 6 | 戦闘 | (映画本編では未使用) |
| 7 | 王蟲との交流 | 腐海でナウシカが王蟲と交流するシーン |
| 8 | 腐海にて | ナウシカの秘密の部屋のシーンなど |
| 9 | ペジテの全滅 | 廃墟のペジテを訪れるシーン |
| 10 | メーヴェとコルベットの戦い | ナウシカとトルメキア軍の追撃戦 |
| 11 | 蘇る巨神兵 | 巨神兵にまつわるシーン |
| 12 | ナウシカ・レクイエム | ナウシカが王蟲の群れに踏まれる感動シーン |
| 13 | 「鳥の人」〜エンディング〜 | クライマックス〜エンディング |
特に注目すべきは第6曲「戦闘」で、こちらはサウンドトラックには収録されているものの映画本編では使われていない楽曲です。アスベルのガンシップとトルメキア軍の戦闘シーンで使われるはずだったとされていますが、最終的に該当シーンはBGMなしの無音での演出となりました。「王蟲の暴走」も同様で、第3パートにあたるシタールを取り入れたアレンジはサントラには収録されているものの映画では流れていません。サントラを聴くと映画では味わえない音楽体験ができるということですね。
オープニングの壮大なオーケストラサウンドから、民族楽器のシタールを使った異国情緒あふれる楽曲、そして感動的なストリングスまで、久石譲は多彩な音楽でナウシカの世界観を支えています。これが原則です。
映画を観た人なら誰もが耳に残っているはずの「ラン、ランララ、ランランラン…」というフレーズ。この曲が「ナウシカ・レクイエム」です。「レクイエム」とはラテン語で鎮魂歌を意味しており、亡くなった者への祈りを込めた名前がつけられています。
実はこの歌声の正体が、当時わずか4歳だった久石譲の娘・麻衣(まい)であることは意外と知られていません。久石譲がはじめにデモテープとして娘の声で録音したところ、それを聞いた宮崎駿がいたく気に入り、そのまま正式に採用が決まったとされています。プロの歌手ではなく、4歳の子どもの声がそのまま映画に使われたということですね。
使用シーンは、ナウシカが幼いころに王蟲の幼虫をかばおうとして大人たちに阻まれる悲しい回想場面と、クライマックスでナウシカが王蟲の群れに踏まれた後に生き返る感動の場面の2箇所が特に印象的です。「姫姉さましんじゃった」という台詞から流れ始め、やがて「鳥の人」へと変わっていく流れは、多くの観客が鳥肌を立てた名演出として語り継がれています。
麻衣はその後、正式な歌手としてデビューし、映画公開から30年後の2014年に初めてナウシカ・レクイエムを生歌唱で披露しました。4歳のときの録音から30年間、一度もライブで歌ったことがなかったというのも驚きです。
なお、ナウシカ・レクイエムのメロディは、バロック音楽の作曲家ヘンデルの「サラバンド」と非常によく似ているとも言われています。久石譲がクラシック音楽を参照した可能性はありますが、どちらにせよ映画の感動的なシーンを何倍にも引き立てる旋律であることは間違いありません。この情報を知ってから映画を観ると、より深く音楽に集中できるはずです。
▶ ナウシカのあの歌を30年ぶりに本人が歌う!収録当時4歳(シネマトゥデイ)
麻衣が初めてナウシカ・レクイエムを生披露した経緯と、録音時のエピソードが詳しく書かれています。
安田成美が歌ったオリジナルの「風の谷のナウシカ」は、その後も多くのアーティストにカバーされ続けています。代表的なカバーアーティストとして挙げられるのが手嶌葵とDAOKOです。
手嶌葵は透き通るようなソプラノボイスで知られ、「テルーの唄」(ゲド戦記)などジブリ作品との縁も深いシンガーです。彼女がカバーした「風の谷のナウシカ」は、オリジナルとは異なる落ち着いた雰囲気を持ち、歌詞の叙情性がより際立っています。
DAOKOは2018年の松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム「風街に連れてって!」でこの曲をカバーしました。現代的なポップスのアレンジが施されており、若い世代がこの歌詞に触れるきっかけにもなっています。
これだけカバーされる理由は、歌詞の普遍性にあると考えられます。「何故人は傷つけあうの」「やさしさは見えない翼ね」という言葉は、1984年の映画公開当時だけでなく、現代においても通じるメッセージを持っています。また「金色の花びら」「まばゆい草原」「はるかな地平線」など、情景描写の豊かさが聴く人の想像力を刺激するという点も、長く愛される理由のひとつです。これは使えそうです。
松本隆は作詞家として「木綿のハンカチーフ」「ルビーの指環」「セーラー服と機関銃」など数多くの名曲の歌詞を手がけてきた巨匠ですが、「風の谷のナウシカ」についてはアニメのキャラクターではなくひとりの少女の心情をファンタジックに描いた詞として評価されています。宮崎駿には「世界観と合わない」と拒否されたこの歌詞も、単体の作品として聴けば名曲と称するに値するクオリティを持っています。
作詞・松本隆、作曲・細野晴臣というはっぴいえんど出身の二人が1984年に生み出したこの歌詞は、日本のポップス史においても重要な1曲です。ジブリファンだけでなく、J-POPや昭和歌謡に興味がある人にとっても聴いておく価値があります。カバー版を聴き比べることで、同じ歌詞がいかに多様な表情を見せるかを楽しむのもおすすめです。
▶ 手嶌葵 風の谷のナウシカ 歌詞(歌ネット)
手嶌葵版の歌詞全文と、ふりがな付きで読めるページです。歌詞を確認したいときに便利です。