「Tank!」はもともとOPテーマとして作られた曲ではありません。
カウボーイビバップのOP「Tank!」を初めて聴いた人が「なんか聴いたことある気がする」と感じるのは、あながち気のせいではありません。この曲は、1960〜70年代のビッグバンドジャズからの強い影響を受けて作られているからです。
もっとも有力な元ネタとして挙げられているのが、伝説的ドラマーバディ・リッチ(Buddy Rich)のビッグバンドが演奏した「Nuttville」です。この曲はホレス・シルヴァー(Horace Silver)のオリジナルで、バディ・リッチ版のアレンジが特に知られています。「Tank!」との共通点として、ブラスセクションの鋭いリフ、スリリングに疾走するリズム・セクション、そして圧倒的な演奏エネルギーがよく似ていると、音楽ファンの間で長年議論されてきました。つまり「Tank!」はゼロから生まれた曲ではなく、ジャズの文脈に深く根ざしています。
同様によく引き合いに出されるのが、アメリカのブラスロックバンドChaseの「Get It On」(1971年)です。菅野よう子がパクリをしたという議論まで起きるほど、両曲の冒頭のホーンリフには共通するグルーヴがあります。ただし音楽の専門家の多くは「これはビッグバンドジャズやブラスロック共通の語法(常套句)であり、盗用とは言い切れない」と判断しています。「Tank!」が生み出したのは、そういったジャズ・ブラスロックの美味しいエッセンスをすべて凝縮した1曲です。これが基本です。
作曲家・菅野よう子は渡辺信一郎監督から「ジャズ」というキーワードだけを提示されてこの曲を作り上げました。ところがただのジャズに収まらず、ブラスロックやファンクの熱気も取り込んだ独自のサウンドを作り上げたのが最大のポイントです。本田雅人(サックス)や佐野康夫(ドラム)、今堀恒雄(ギター)、渡辺等(ベース)など、シートベルツ(THE SEATBELTS)を構成する超一流ミュージシャンたちの演奏が、曲のクオリティをさらに押し上げています。冒頭の「3, 2, 1, Let's jam!」というセリフとともに炸裂するブラスの爆音は、今聴いてもまったく色褪せません。
菅野よう子らによる『カウボーイビバップ』の音楽は何が優れていたのか(Real Sound)
※菅野よう子とシートベルツの演奏に込められた音楽的工夫が詳しく解説されています。
「Tank!」はOPのために作られた曲だと思っている人が多いかもしれません。実はこれが大きな誤解です。
2018年に東京・立川で開催された「カウボーイビバップ極上音響上映」のトークショーにて、渡辺信一郎監督本人が語った内容によると、「Tank!」はもともと劇伴(BGM)として菅野よう子が作った曲でした。通常のOP曲のような"発注"をして生まれたわけではなく、BGM素材として提出された曲の中から渡辺監督がその圧倒的なカッコよさを見抜き、「これをOPテーマにしよう」と判断した、というのが誕生の経緯です。これは意外ですね。
しかも菅野よう子は、渡辺監督のオーダーにない楽曲を次から次へと作り続けていたといいます。監督は「こんな曲作ってきやがって!絶対に使ってやる!」と闘志を燃やし、音楽にインスパイアされてシーンを作ることもあったとのこと。通常のアニメ制作とは真逆とも言える、音楽が映像を引っ張るという作り方がカウボーイビバップの独自性の核心でした。まさに音楽主導の制作です。
さらに、録音環境にも並々ならぬこだわりがありました。菅野よう子は、モダンジャズ黄金期を支えた伝説的レコーディングエンジニアであるルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)を起用してニューヨーク録音も敢行しています。ルディ・ヴァン・ゲルダーはマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズなど、ジャズ史に残るアーティストたちの名盤を手がけた人物です。つまり「Tank!」が収録されたサントラは、本物のジャズのスタジオで、本物のジャズ黄金期の音作りを継承しているということになります。こだわりが条件です。
カウボーイビバップ極上音響上映 公式レポート(サンライズ)
※「Tank!」がもともとBGMだったという渡辺監督自身の発言が収録されています。
音楽の元ネタと同様に、OP映像にも複数の影響源が存在します。これを知るだけで、あのOPの見え方がまるで変わります。
SNSでたびたび話題になるのが、丹波哲郎版『鬼平犯科帳』(1975年)のOPとの類似です。英字タイポグラフィを多用したスタイリッシュなテロップ、人物のシルエットを活かした構図、そして渋みのある音楽との組み合わせ、といった要素に共通点があると指摘されています。「カウボーイビバップのOPって元ネタあったんだ…」と驚きを感じるファンが多い部分です。もちろん全体の構成は全く異なりますが、演出哲学のレベルでの親戚関係とも言える影響関係があるようです。
また、より直接的に影響元として語られるのが1960〜70年代のスパイ映画・刑事ドラマ風のオープニング演出です。シルエットデザインと英字タイポグラフィを多用した手法は、当時のハリウッド映画の予告編やテレビドラマのOPから着想を得たものといわれています。アメリカのアニメ「アーチャー」のOPも似た演出をしており、「両方とも昔のスパイ映画や刑事ドラマからインスピレーションを受けている」と海外ファンが指摘しているのは有名な話です。スパイ映画の文法が基本です。
渡辺信一郎監督は「カウボーイビバップを作る時、色んな要素を組み合わせて、全く新しいものを作ったら面白いんじゃないかと思った」と語っています。つまりビバップのOPは"元ネタ探し"で答えが出るような単純なオマージュではなく、複数の映像文化・音楽文化が交差した結果として生まれた、ハイブリッドな創造物なのです。影響源が多ければ多いほど、その作品は唯一無二になる、ということですね。
実は「元ネタ」という観点でもっとも情報量が多いのが、全26話のサブタイトルです。各話のサブタイトルはすべて音楽関連の言葉で構成されており、その多くがロック・ジャズ・ブルースの名曲・名盤に由来しています。
渡辺信一郎監督は無類の音楽好きとして知られており、特にローリング・ストーンズ関連の引用が目立ちます。第3話「ホンキィ・トンク・ウィメン」はそのまま同名のストーンズ曲、第6話「悪魔を憐れむ歌」も同名のストーンズ名曲、第9話「ジャミング・ウィズ・エドワード」はストーンズのアルバムタイトル、第19話「ワイルド・ホーセス」もストーンズの楽曲です。4話もストーンズ由来というのは驚きです。
他にも目立つ引用をまとめると、以下のようになります。
| 話数 | サブタイトル | 元ネタ |
|---|---|---|
| 第2話 | 野良犬のストラット | ストレイ・キャッツ「Stray Cat Strut」 |
| 第6話 | 悪魔を憐れむ歌 | ローリング・ストーンズ「Sympathy For The Devil」 |
| 第8話 | ワルツ・フォー・ヴィーナス | スタン・ゲッツ「Waltz for Debby」 |
| 第14話 | ボヘミアン・ラプソディ | クイーン「Bohemian Rhapsody」 |
| 第15話 | マイ・ファニー・ヴァレンタイン | ジャズスタンダード「My Funny Valentine」 |
| 第24話 | ハード・ラック・ウーマン | KISS「Hard Luck Woman」 |
| 劇場版 | 天国の扉 | ボブ・ディラン「Knockin' on Heaven's Door」 |
また、第12〜13話「ジュピター・ジャズ」はデトロイトテクノの名ユニット、アンダーグラウンド・レジスタンスの同名楽曲が元ネタです。最新のクラブミュージックシーンにも精通していた渡辺監督の知識の幅広さがよくわかります。つまり「ビバップのサブタイトル=洋楽の教科書」と言っても過言ではありません。
なお興味深いのが劇場版のサブタイトル「天国の扉」(原題:Knockin' on Heaven's Door)です。菅野よう子は劇中使用楽曲の「Gotta knock a little harder」について、「ボブ・ディランの同名曲を聴いたことがないから、タイトルだけ見て勝手に想像して書いた」と語っているそうです。元ネタを参照せずに書いた曲が名曲になるのですから、天才とはそういうものかもしれません。
※各サブタイトルの元ネタや音楽的背景について詳しく解説されています。
カウボーイビバップのOPが与えた影響は、アニメの枠を大きく超えています。これが知られていないと、かなりもったいないです。
まず音楽面では、1998年当時「アニメの主題歌=歌入りのJ-POP」という常識が確固としてあった時代に、インストゥルメンタルのビッグバンドジャズをOPテーマとして採用したことが、アニメ音楽の可能性を大きく広げました。アニメを知らなくても「Tank!」を知っている人が国民に多数存在しているのは、フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」をはじめ多くのバラエティ番組でBGMとして使われてきたためです。インストなのに抜群の認知度、これは基本原則です。
海外での評価も特筆すべきです。アメリカの音楽プロデューサーやミュージシャンが「Tank!」に初めて触れるリアクション動画がYouTubeで多数公開されており、「これはアニメの主題歌なのか」と驚く声が後を絶ちません。実際、海外のジャズファンコミュニティや音楽制作コミュニティでは、「Tank!」はすでにスタンダードナンバーに近い扱いを受けています。バディ・リッチやカウント・ベイシーを愛するジャズファンが自然に「Tank!」にたどり着くケースは珍しくなく、ジャズと日本アニメという全く異なるカルチャーを橋渡しした楽曲としての功績は計り知れません。
制作陣は1998年のサントラ第1弾がヒットした後、リミックスアルバム「Cowboy Bebop Remixes "Music For Freelance"」も制作しています。渡辺監督自身が人選に関わったこのアルバムには、当時のテクノ・エレクトロニカ・ブレイクビーツシーンの最前線にいたアーティストたち、ルーク・ヴァイバート、フィラ・ブラジリア、ミスター・スクラフ、DJヴァディムらが参加しました。「Tank!」をルーク・ヴァイバートがリミックスするというのは、アニメ音楽が本格的な音楽カルチャーの文脈に取り込まれた証拠でもあります。アニメ音楽の革新がここに結実しています。
ビバップが残したもっとも大きな遺産は、「音楽ありきでアニメを作る」という姿勢かもしれません。監督が音楽にインスパイアされて映像を作り、音楽家が映像にインスパイアされて曲を作る、まるでジャズのセッションのような共同作業から生まれた作品が、放送から25年以上経った今もなお色褪せず、世界中に新しいファンを増やし続けています。元ネタがあるからこそ豊かになった、ということですね。
※米デトロイト出身の音楽学者による独自取材をもとに、菅野よう子と渡辺信一郎の音楽作劇術が詳述されています。