あなたが「24601」と覚えているその番号は、日本の舞台では一度も正しく歌われていない。
ジャン・バルジャンといえば、舞台の冒頭で「俺は○○番だ」と名乗る印象的なシーンが有名です。しかし実は、この番号は日本語版と英語版で異なっているのをご存じでしょうか。
英語版・フランス語版のミュージカルでは「24601(トゥー・フォー・シックス・オー・ワン)」が使われています。ところが日本語版のミュージカルでは「24653(にーよんろくごーさん)」という番号が歌われます。下2桁が「01」から「53」に変わっているのです。これはミュージカルを観たことがある人でも「気にしていなかった」という方が多いポイントです。
なぜ番号が変わったのかというと、理由は「歌の語呂」にあります。英語で「24601」を歌うと「トゥー・フォー・シックス・オー・ワン」と自然にリズムに乗りますが、日本語でそのまま「にーよんろくぜろいち」と歌うと、メロディーのリズムと合わなかったのです。そこで英国演出側が、英語の発音(「オー・ワン」)に近い日本語の響きになるよう番号を調整し、「ごーさん」という語感を当てはめた結果、「24653」になりました。
実は日本初演(1987年)の際には、この番号の部分だけを英語で歌うという苦肉の策が取られていました。再演からようやく「24653」という日本語の語呂が決まり、以降の公演では統一されています。つまり、「日本版の番号が変わった」のではなく、初演時点では英語のまま歌っていたという経緯があるのです。
ちなみに、各国語版の番号をまとめると次のとおりです。
| 言語 | 囚人番号 | 読み方のポイント |
|---|---|---|
| 英語・フランス語・ドイツ語 | 24601 | 原作どおり |
| 日本語 | 24653 | 語呂に合わせて変更 |
つまり「24601」が原則です。日本語版だけが語呂の都合で特別に変更された唯一の言語版といえます。
Wikipedia「レ・ミゼラブル(ミュージカル)」日本版囚人番号変更の詳細はこちら
「24601」という数字は、なぜこの番号なのでしょうか。実はここに、ヴィクトル・ユーゴー自身の強い思いが隠されているとされています。
有力な説によれば、「24601」はユーゴーの受胎日、つまり概念的な「誕生の起点」とされる1801年6月24日を表しているというものです。日付を「24/6/01」と欧州式に書き、数字を並べると「24601」になります。これは偶然の一致ではなく、ユーゴーが意図的にこの番号を選んだという解釈が多くの研究者に支持されています。
この解釈が正しいとすれば、バルジャンは単なる架空の囚人ではなく、ユーゴー自身の「もう一人の自分」として設定されたことになります。社会の底辺に落とされながらも尊厳を保ち、愛と正義のために生きる男の物語は、ユーゴー自身が自分の誕生日を刻み込むほどの深い思い入れをもって描いたと考えられます。意外ですね。
さらに興味深いのは、ユーゴーは自分がいつ受胎されたかという問いに長年こだわっていたという記録が残っていることです。自分の存在の起点を探し求めたユーゴーが、その答えとして辿り着いた日付を、作品中の主人公に刻んだのだとすれば、「24601」はバルジャンとユーゴーを結ぶ暗号のようなものといえるでしょう。
また、ミュージカル舞台ではこの番号がきわめて効果的に使われています。「プロローグ」でジャベールがバルジャンを呼ぶとき、「Who Am I?(俺は誰だ)」でバルジャンが自分の正体を告白するとき、そして対決シーンでも番号は繰り返され、物語全体に緊張感と象徴性を与えます。単なる識別番号にとどまらず、人間のアイデンティティそのものを問うテーマが番号一つに凝縮されているわけです。
Reddit「TIL」:24601とユーゴーの誕生日の関係についての議論(日本語表示)
多くの人はバルジャンの囚人番号を「24601」の一つだけだと思っています。これが基本です。しかし、原作小説を読むと、バルジャンにはもう一つの番号があることがわかります。
ミュージカルでは描かれませんが、原作ではバルジャンは仮釈放後に再び逮捕されています。この再逮捕の際、バルジャンは新しい囚人番号「9430」を与えられます。軍艦での強制労役に就かされた彼は、マストから落ちそうになった水夫を助けるために命がけで行動し、その混乱の中で海に落ちたように見せかけて脱出するのです。後に新聞には「バルジャン死亡」という記事が掲載され、これがジャベールの追跡から一時的に逃れる理由になります。
つまり、バルジャンは正式な囚人番号を2つ持っていたことになります。「24601」が最初の番号、「9430」が再逮捕後の番号です。ミュージカルではこの再逮捕のくだりが省略されているため、番号は一つだけという印象になっていますが、原作では設定がずっと複雑です。
また、ミュージカルには登場する「胸の焼き印を見せて自分の正体を証明する」という法廷シーンも、原作とは異なります。原作では「囚人番号の焼き印」という仕組み自体が存在しません。バルジャンが法廷で自分の正体を明かす際、焼き印ではなく、他の囚人しか知らない個人的な情報(服役中に知った囚人たちの秘密の傷跡や日付など)を語ることで聴衆を納得させます。つまり「焼き印で証明」というシーンは舞台演出のための創作です。これは原作ファンにとっては驚きですね。
レ・ミゼラブルマニアックス「噂の真相」:ミュージカルと原作の相違点(焼き印・囚人番号9430など)を詳しく解説
「パン一切れを盗んだだけで19年間も投獄された」というバルジャンの話は有名です。しかし、「なぜそんなに長くなったのか」を正確に知っている人は少ないのではないでしょうか。
まず最初の罪は「窃盗」で、飢えた甥たちのためにパン屋の窓ガラスを割って侵入してパンを盗んだことです。これが1796年のこととされます。この時点では懲役5年の刑でした。刑期はそれだけで終わるはずでしたが、監獄の過酷な環境と絶望の中で、バルジャンは4回脱獄を試みます。
この「脱獄を試みた」という行為が、毎回新たな罪として加算されていきました。その結果、5年だったはずの刑期が19年にまで伸びたのです。結論は「脱獄未遂の繰り返しが刑期を長くした」ということです。
この話が象徴しているのは、19世紀初頭のフランスにおける刑事司法の問題です。貧困層の軽微な犯罪に対しても極めて重い刑罰が科せられ、一度服役した人間は社会に戻っても「前科者」として就職も宿泊も拒否されました。バルジャンが仮釈放後に「黄色の通行証(前科者の証明書)」を持ち歩かなければならず、宿に泊まれず食事もできない場面は、そうした当時の社会制度を忠実に描いています。
ユーゴーはこの物語を通じて、貧しい人々を救済できない社会制度そのものを批判したかったのです。バルジャンの囚人番号「24601」は、そのような不公正な社会に押しつけられたレッテルであり、それを超えて人間の尊厳を取り戻す旅がこの作品の核心です。
仮釈放後も「黄色の通行証」を所持する義務があり、これを持っていると宿屋も食堂も入店を断れる権利を持っていました。厳しいところですね。
国立国会図書館リサーチナビ:「なぜバルジャンは19年の刑期になったのか」に関する調査事例
「24601」という数字はいまや、単なる文学上の固有名詞を超えて、世界中のポップカルチャーに浸透しています。これを知っているかどうかで、映画や漫画を楽しむときの気づきが大きく変わります。
最もよく知られた例のひとつが、マーベルの映画『デッドプール』です。作中に登場する地図の一部に「囚人24601」という表記が隠されており、これはレ・ミゼラブルのファンへのオマージュとして仕込まれた演出です。デッドプールでジャン・バルジャン役を演じたヒュー・ジャックマンが有名なことも、この数字が多くの人に知られるきっかけになっています。これは使えそうです。
また、アニメや漫画の世界でも「24601」という数字はオマージュとして使われることがあり、知っている人が見ると「おっ」と気づくような隠し要素として機能しています。
日本においては「24653」という番号でおなじみですが、これは完全に日本独自の番号です。そのため、海外のファンと話すと「え、日本は番号が違うの?」と驚かれることがあります。逆に日本のファンが海外版のミュージカルや映画を観て、「あれ、番号が違う」と気づいて初めて日本版の特殊性を知るというケースも多くあります。
さらに、ミュージカルファンの間では「24601」は単なる番号ではなく、アイデンティティのシンボルとして扱われています。Tシャツや雑貨、グッズにこの数字がデザインされた商品は世界中で販売されており、数字だけでこの作品を表現できるほどに認知度が高まっています。数字が一つのブランドになっているわけです。
日本のファンが「私のお気に入りの番号は24653です」と海外のファンに伝えると話が通じない可能性があります。観劇の際に「24601が本来の番号」という知識があると、英語版映画や海外公演を見たときにより深く楽しめるでしょう。

d-332 ※13 少年少女世界名作全集 33 ああ無情 ユーゴー 原作 著者 園城寺健 発行 鶴書房 名作 物語 小説 ジャン・バルジャン ミリエル司教