さいとう・たかをが亡くなった今も、ゴルゴ13を読み続けているあなたは、実は"作者なき漫画"を読んでいます。
ゴルゴ13の作者であるさいとう・たかをは、2021年9月24日に膵臓がんにより84歳で逝去しました。訃報が公表されたのは同年9月29日のことで、漫画界のみならず日本社会全体に大きな衝撃を与えました。
1968年に小学館「ビッグコミック」で連載が始まったゴルゴ13は、53年以上にわたって続いた超長期連載作品です。2021年7月にはギネス世界記録「最も発行巻数の多い単一漫画シリーズ」として201巻で認定されており、この記録はさいとうの死後も更新され続けています。
意外ですね。作者が亡くなっても、連載は一切止まりませんでした。
さいとうの死去が公表された直後、多くのファンが「連載終了」を覚悟しました。しかし、さいたまプロダクション(さいとうが設立した制作会社)は連載継続を発表。現在もビッグコミックにて毎号掲載が続いています。これが可能な理由は、後述する「分業制」という特殊な制作スタイルにあります。
さいとうの遺志を受け継ぎ、息子であるさいとう・たかし氏が制作を監修・統括しています。ゴルゴ13という作品は、一人の天才が描く作品ではなく、組織として機能するプロダクションによる"作品"であることが、今まさに証明されています。
さいとう・たかをが漫画界に残した最大の遺産の一つが「分業制」の導入です。これは日本の漫画制作において非常に革新的なアプローチであり、映画やテレビ制作に近い発想から生まれたものでした。
具体的には、制作工程を「脚本」「ネーム(絵コンテ)」「キャラクター作画」「背景作画」「仕上げ(ペン入れ・トーン貼り)」に分け、それぞれを専門スタッフが担当します。つまり、さいとう・たかを本人がすべてのページを手描きしていたわけではありません。
これが基本です。
さいとうはこの制作システムを「劇画工房」構想として1950年代末から模索し、さいたまプロダクションとして法人化・体系化しました。当時の漫画界では「漫画家が1人ですべて描くのが当然」という常識がありましたが、さいとうはその常識を真っ向から否定したのです。
この分業制があるからこそ、さいとう逝去後も制作チームが機能し続けています。脚本チームは現在も複数のシナリオライターが関わり、作画チームは長年さいとうのスタイルを習得したスタッフが担当しています。読者がページをめくっても、連載継続前後でクオリティの大きな変化を感じにくいのはこのためです。
さいとう・たかを本人は「自分が死んでも作品は続けられるべきだ」という考えを晩年に語っていたとされており、この分業制はその「作品の永続」を実現するための仕組みでもありました。
ゴルゴ13の連載は1968年11月にスタートし、2021年のさいとう死去後も継続中です。2024年時点で単行本は210巻を超えており、これは一般的な漫画の「完結作品」と比較すると圧倒的な数字です。
これは使えそうです。
例えば、週刊少年ジャンプで長期連載として知られる「こち亀」(こちら葛飾区亀有公園前派出所)が全200巻で2016年に完結しましたが、ゴルゴ13はそれを上回る巻数を現在進行形で更新しています。1冊の単行本の平均的な読了時間を約40分とすると、全巻読破には140時間以上かかる計算になります。東京から博多まで新幹線で往復しても余るほどの読書量です。
2021年7月に認定されたギネス世界記録では、単一シリーズとしての発行巻数の多さが世界最高として記録されました。この記録認定はさいとう存命中に実現したため、本人もその喜びを語っています。さいとうは「連載を続けることが読者への誠実さだ」と述べており、休載をほとんどしなかったことでも知られています。
連載開始から約56年以上が経過した現在でも新エピソードが掲載される背景には、前述の分業制に加えて、「ゴルゴ13」というキャラクターと世界観が明確に定義されていることが挙げられます。主人公デューク東郷(ゴルゴ13)のキャラクター設定・行動原則・台詞のトーンがスタッフ間で厳格に共有されており、どのスタッフが担当しても一定のクオリティが保たれる仕組みになっています。
さいとう・たかをは1936年(昭和11年)11月3日、大阪府堺市に生まれました。本名は斎藤隆夫といい、幼少期から絵を描くことが得意だったとされています。10代の頃から漫画家を志し、独学でスキルを磨いていきました。
正式なデビューは1955年、貸本漫画としての作品発表でした。当時の漫画市場は貸本屋が主流であり、さいとうも貸本漫画家として腕を磨きます。1958年には「ゴルゴ13」の原型ともなるハードボイルド劇画の制作に注力し始めます。
劇画という言葉も、さいとうたち当時の若手作家グループが広めた概念です。
「劇画(げきが)」とは、従来の丸みを帯びたマンガ表現とは異なり、写実的でシリアスな絵柄と物語を指す表現形式です。さいとうは辰巳ヨシヒロ、佐藤まさあきらとともに劇画運動の中心的存在となり、日本の漫画表現の幅を大きく広げました。この劇画スタイルがあったからこそ、ゴルゴ13のようなリアリティあふれるスパイ・殺し屋漫画が成立したとも言えます。
さいとうはゴルゴ13以外にも「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(原作:池波正太郎)など多数の劇画作品を手がけており、いずれも高い評価を得ています。2021年に文化庁長官表彰を受けており、日本の漫画文化への貢献が国家レベルで認められていました。
84年という生涯の中で60年以上を漫画制作に費やしたさいとうの仕事量は、現代の漫画家からも「人間業ではない」と語られるほどです。
さいとう・たかをが漫画界に与えた影響は、単に「長く続く名作を生み出した」という点にとどまりません。分業制という制作手法の確立、劇画という表現形式の普及、そして「大人が楽しめる漫画」という市場の開拓という3点において、現代の漫画産業の基盤を作ったと言っても過言ではありません。
大きな影響ということですね。
現在の人気漫画、例えば「BERSERK(ベルセルク)」「進撃の巨人」などのダークでシリアスな作風は、さいとうが切り開いた劇画表現の直接的・間接的な影響を受けています。また、複数アシスタントによる分業制も、現代の多くの商業漫画制作現場で標準的な手法として採用されています。
さいとう逝去後の連載継続については、ファンの間でも賛否があります。「作者がいない作品を読み続けることに意味があるのか」という問いは、ゴルゴ13に限らず、多くの長期作品が直面する普遍的なテーマです。
しかし、ゴルゴ13の場合はさいとう自身が「作品を続けること」を強く望んでいたこと、そして分業制によってすでに「さいとう一人の作品」ではなく「組織の作品」として機能していたことを考えると、連載継続はさいとうの意志の継承とも解釈できます。
現在連載されているエピソードは、時事問題や国際情勢を反映した内容が多く、世界の政治・経済・軍事に対する鋭い視点は健在です。読者がゴルゴ13を読み続けることは、単なる娯楽を超えた「現代世界の読み解き方」を学ぶ体験にもなっています。
ゴルゴ13の連載は現在も継続中であり、今後どのような形でこの作品が生き続けるのかは、漫画ファンのみならず文化研究者からも注目されています。さいとう・たかをという作者を知ること、そして現在の連載がどのように成り立っているかを理解することは、この作品をより深く楽しむための大切な視点と言えるでしょう。
参考情報:ゴルゴ13の連載・単行本情報、ギネス記録の詳細はビッグコミック公式サイトおよび小学館の関連ページで確認できます。
さいとう・たかをプロダクションの活動や制作体制については公式情報を参照ください。
ギネス世界記録認定の詳細については以下を参照してください。
Guinness World Records|Most volumes published for a single manga series(ゴルゴ13ギネス認定ページ)