稲葉浩志がB'zのボーカルではなくソロでカバーした事実を、あなたはちゃんと知っていましたか?
「タッチ」は1985年にリリースされた岩崎良美のシングルで、あだち充原作の同名テレビアニメ「タッチ」のオープニングテーマとして誕生しました。当時の日本では、アニメソングとポップスの垣根が今よりもはるかに高く、アニメの主題歌がオリコンチャートの上位を占めることは珍しいことでした。しかしこの「タッチ」は、アニメファン以外の一般リスナーにも強く支持され、最高位4位を記録しています。
これは意外ですね。アニメソングのヒットとしては当時かなり例外的な現象でした。
岩崎良美はこの曲を通じて一気に全国区の認知度を獲得し、彼女の代表曲のひとつとなりました。歌詞は「南ちゃん」こと浅倉南の視点から描かれており、幼なじみへの複雑な感情、恋愛とも友情ともとれる微妙な距離感が巧みに表現されています。作詞は名曲を数多く手がけた売野雅勇、作曲は芹澤廣明が担当しており、この二人のタッグは1980年代の邦楽を語るうえで欠かせない存在です。
楽曲のメロディラインはシンプルながら非常に耳に残る構造をしており、サビへの流れが自然で歌いやすいため、後年にカバーされやすい要因にもなっています。つまり「タッチ」は構造的にカバー向きの名曲です。
その後、この楽曲は数えきれないほど多くのアーティストに取り上げられていきます。カラオケでの人気も非常に高く、1990年代から2000年代にかけての「昭和歌謡リバイバルブーム」の中でも特に注目を集めた1曲として位置づけられています。
稲葉浩志が「タッチ」をカバーしたのは、2013年にリリースされたソロアルバム『Hadou』に収録した楽曲としてではなく、2012年にリリースされたソロシングル「抱きしめたい/タッチ」でのことです。このシングルにはオリジナル曲「抱きしめたい」と、カバー曲「タッチ」の両方が収録されるという異例の構成が取られました。
なぜ稲葉浩志は昭和のアニメソングを選んだのでしょうか?
この選曲の理由について、稲葉浩志はインタビューの中で「子どもの頃に聴いて強く印象に残っていた曲で、ずっとカバーしたいと思っていた」という趣旨の発言をしています。1985年に「タッチ」がリリースされた当時、稲葉浩志は10代後半であり、まさに青春時代と重なる楽曲だったと言えます。B'zとしてメジャーデビューを果たす前の時期に聴いていた思い出の曲という側面も強いでしょう。
これは使えそうです。彼の「カバー曲の動機」は純粋な個人的思い入れにあったわけです。
稲葉浩志のソロ活動はB'zとは異なる一面を見せる場であり、自身のルーツや影響を受けた楽曲へのリスペクトを表現する機会として位置づけられています。「タッチ」の選択は、その文脈でも非常に自然な流れでした。なお、稲葉浩志はこれ以前にもソロ名義でさまざまなカバー楽曲を取り上げており、原曲の雰囲気を大切にしながらも独自の解釈を加えるスタイルが定評を得ています。
ファンの間では「稲葉版タッチ」は賛否両論というわけではなく、圧倒的に好意的に受け入れられており、「原曲の良さを引き出しながら稲葉浩志の声の魅力が加わることで別の感動がある」という評価が多く見受けられます。稲葉浩志の声は非常に個性的で、低音から高音まで幅広いレンジを持つため、ポップな曲調の「タッチ」に乗せるとまた違った世界観が生まれるという点が評価の中心にあります。
稲葉浩志がカバーした「タッチ」は、原曲の岩崎良美版と比較するといくつかの明確な違いがあります。まずサウンドアレンジについては、原曲が1980年代らしいシンセサイザーを中心とした軽快なポップサウンドなのに対し、稲葉バージョンではよりシンプルなバンドサウンドを軸にしつつ、現代的なプロダクションが加えられています。
アレンジは大人っぽいです。それが曲全体の印象をガラリと変えています。
歌唱面では、岩崎良美版が澄み切った透明感のある女性ボーカルで親しみやすさを前面に出しているのに対し、稲葉浩志版はより深みのある男性ボーカルで、歌詞の中にある切なさや懐かしさをより強く引き出しています。元々女性視点で書かれた歌詞を男性が歌うことで、受け手の印象が変わり、聴き手によっては「別の恋愛の物語」として受け取られることもあります。
特に注目すべきは、稲葉浩志の「タッチ」における語りかけるような歌い方で、Aメロのフレーズを抑え気味に丁寧に歌い上げ、サビに向けて徐々に感情を乗せていくアプローチが取られています。これは稲葉浩志のソロ作品全般に共通するアプローチであり、「歌詞をドラマとして伝える」という彼の音楽観が強く反映されています。
また原曲では1番と2番でほぼ同じメロディラインをたどる構成ですが、稲葉浩志版ではわずかにフレーズを変えたり、ブレスの取り方を調整したりすることで、繰り返しの中にも変化を持たせています。結論は「同じ楽曲でも別の感情体験が得られる」という点です。
| 比較ポイント | 岩崎良美(原曲・1985年) | 稲葉浩志(カバー・2012年) |
|---|---|---|
| サウンド | シンセ中心のポップス | バンドサウンド+現代的プロダクション |
| 声質 | 透明感のある女性ボーカル | 深みのある男性ボーカル |
| 歌詞の解釈 | 女性視点の恋愛感情 | 普遍的な切なさと懐かしさ |
| テンポ感 | 軽快で明るい | やや落ち着いた大人びた雰囲気 |
「タッチ」という楽曲が発表から40年近くが経つ現在でも、多くのアーティストにカバーされ続けるのはなぜでしょうか。その答えのひとつは、楽曲の持つ普遍的なテーマにあります。「幼なじみへの淡い恋心」「青春のひとコマへの郷愁」は、特定の世代だけでなく、あらゆる年代の人が共感できる感情です。
普遍的な感情が基本です。それが時代を超える理由です。
また、「タッチ」はアニメ「タッチ」との不可分な関係にあり、漫画・アニメを通じて新しい世代のファンが継続的に生まれています。あだち充作品は現在もNetflixやAmazon Prime Videoなどのストリーミングサービスで視聴可能であり、令和になっても新たに「タッチ」ファンになる若者が一定数存在します。楽曲とコンテンツが互いに補強し合う関係が長年にわたって続いているわけです。
稲葉浩志のソロ活動という観点でも、この「タッチ」カバーは重要な意味を持ちます。B'zはハードロック・ポップロックを中心とする強烈なバンドサウンドが特徴的ですが、稲葉浩志ソロではより柔らかく感情的な側面が前に出るバラードやポップナンバーが多く選ばれます。「タッチ」はまさにその方向性に合致した選曲でした。
なお、稲葉浩志は2012年以降もソロ活動を継続しており、カバー楽曲を取り上げることへの姿勢は変わっていません。自身がリスペクトする楽曲を丁寧にカバーすることで、原曲のファンにも新しい世代にも届けるという活動スタイルは、アーティストとしての誠実さの表れとも言えるでしょう。
稲葉浩志のソロ公式情報やディスコグラフィーについては公式サイトで最新情報を確認できます。
稲葉浩志 公式サイト(ソロ活動・ディスコグラフィー確認に有用)
多くのリスナーが見落としているポイントがあります。それは稲葉浩志の「声そのものの構造的な特性」が「タッチ」という楽曲と非常に相性が良いという事実です。
これは意外ですね。ロック向きの声がポップソングをより深く届けることがあります。
稲葉浩志の声は音楽業界内でも特異な存在として知られており、声帯の構造上、張り上げた高音でも細かな感情的ニュアンスを失わずに届けられる点が特徴です。通常、男性ボーカリストが女性ボーカル曲をカバーする場合、キーを下げることでメロディのダイナミクスが失われるケースが多いのですが、稲葉浩志の場合は音域が広いため、「タッチ」のメロディラインのアップダウンをほぼそのままの形で歌い上げることが可能です。
さらに、声のもつ「湿度感」とも呼べる要素が稲葉浩志の歌声には存在します。これは技術的に言えば、発声時のビブラートのかかり方や母音の伸ばし方に関係しており、湿度感のある声は「懐かしさ」「郷愁」といった感情を聴き手に強く呼び起こす効果があります。「タッチ」のテーマである「青春の切なさ」と、この声の湿度感は非常に相性が良いと言えます。
音楽評論家や声楽の専門家の間でも、稲葉浩志の声はポップスとロックの両方のフィールドで成立する稀少な声として評価されており、これが彼のソロカバー作品が軒並み高い評価を受ける根拠にもなっています。つまり稲葉版「タッチ」の完成度は、楽曲の力だけでなく声質との化学反応によるものです。
音楽的な声の分析や歌唱論に関心があるなら、NHKの音楽番組アーカイブや音楽雑誌「MUSICA」などに詳しい解説が掲載されています。またSpotifyやApple Musicで両バージョンを聴き比べると、声質の違いによる楽曲の印象の変化を体感的に理解できます。
NHK MUSIC JAPAN(日本の音楽アーカイブ・楽曲解説の参考に有用)