酷評だらけに見えたこの映画、実は鑑賞者の9割が「人に勧めたい」と答えています。
実写版『耳をすませば』(2022年10月14日公開、監督:平川雄一朗)に対して「ひどい」「いらない」という声がネット上に広まった背景には、いくつかはっきりとした理由があります。批判の大部分は、1995年のジブリアニメ版を深く愛するファン層から発せられており、感情的な落胆と論理的な設定への不満が混在しています。
まず最大の不満点として挙げられるのが、「カントリーロード」が使われなかったことです。ジブリ版において「カントリーロード」は作品と不可分の存在であり、月島雫が歌詞を訳すシーンそのものが物語の核心でもありました。実写版ではその代わりに「翼をください」(杏 歌唱)が起用されています。制作側はこの変更について、「ストーリーが違う以上カントリーロードにはできない」と説明しており、大人になった2人に合う楽曲として選んだと語っています。しかし視聴者からは「出鼻をくじかれた」「モヤモヤした」という声が相次ぎました。つまり楽曲の変更自体への不満というより、"耳すまはカントリーロード込みで完成している"という強い思い込みとのぶつかりだったと言えます。
次に、天沢聖司の夢がアニメ版の「バイオリン職人」からチェロ奏者へと変更されたことも批判の火種となりました。原作漫画では聖司の夢は「画家」であり、実は3バージョンすべてで設定が異なります。それでもアニメ版の印象が強いため、多くの視聴者が「聖司はバイオリン職人でなければ」という前提で鑑賞したのです。職人から演奏家への変更は、聖司のキャラクターを「素朴な少年」から「華やかな世界の住人」へと変え、雫との距離感が広がりすぎたという指摘もあります。設定の継ぎ接ぎ感が違和感を生んだということですね。
また、中学時代の回想シーンが全体の半分近くを占め、「それはもうジブリ版で見た」という感覚を生んだことも不満の原因です。上映時間は111分(一部資料では114分とも)で、新しい「10年後」の物語を見に来たファンにとっては中学時代の再現が冗長に感じられました。さらにラストシーンについては、聖司が突然帰国してプロポーズするという展開が「急すぎて納得できない」という声が多く、2人が別れの意識共有もないまま物語が走り出したように見えたのも批判を招きました。
| 批判ポイント | 具体的な内容 |
|---|---|
| 🎵 カントリーロード不使用 | 主題歌が「翼をください」に変更。ファンの最大の不満 |
| 🎻 聖司の夢の変更 | バイオリン職人→チェロ奏者に。3バージョンすべて設定が違う |
| 🎬 回想シーンの多さ | 前半1時間近くがアニメ版の再現で「知ってる話」と感じた |
| 💔 ラストの急展開 | 別れ話の認識共有なしに突然のプロポーズへ |
「ひどい」「大コケ」という言葉がSNSで拡散されたことで、多くの人が実写版は商業的に完全失敗した映画だと思い込んでいます。しかし数字を確認すると、その認識は少し修正が必要です。
実写版『耳をすませば』の最終興行収入は約5.6億円でした。確かに低い数字に見えますが、一般的な邦画の大ヒット基準は30億円程度とされており、10億円に届かない作品は珍しくありません。映画の損益分岐点は製作費の約3倍が目安とされているため、製作費によっては十分な回収ができた可能性もあります。
比較として出てくるのが1995年ジブリアニメ版の興行収入31.5億円です。この数字は圧倒的な差ですが、ジブリブランドとスタジオジブリ初の試みとして社会現象にもなったアニメ版を比較対象にすること自体、少し公平ではないでしょう。実写版『魔女の宅急便』(2014年)の最終興行収入が約5.3億円だったことを考えると、ジブリ原作実写化の宿命ともいえる数字です。結論は「爆死」ではないということです。
ただし、知名度の高い作品としては期待値に届かなかったのは事実です。公開当初の劇場に観客が10人前後しかいないというケースも報告されており、観客動員が振るわなかった面は否定できません。これはコロナ禍の影響で撮影が第1期〜第4期にわたって約2年半を要し、宣伝や公開のタイミングに難しさがあったことも一因でしょう。苦労の末に完成した作品だということは覚えておきたいですね。
Wikipediaの「耳をすませば」記事:ジブリ版・実写版の興行収入や基本情報を参照できます
「ひどい」という評判とは正反対に、実写版は公開直後の鑑賞後アンケートでSMT系列映画館において口コミ推奨度が90.1%を超えるという結果を出しています。意外ですね。Filmarksでの評価スコアは3.2(5点満点)とやや低めですが、これはジブリファンによる辛口評価と、初見層や作品を独立して楽しんだ層の高評価が混在した結果です。
高評価を与えた層の特徴は主に2つあります。1つ目は、アニメ版に強い思い入れがない初見層や若い世代で、夢と現実の間で揺れる雫のアラサーの悩みをリアルに受け取った人たちです。「仕事も小説もうまくいかず、周囲の結婚ラッシュに焦る」という雫の状況は、実際に同年代の女性の共感を多数呼びました。これは使えそうな視点です。2つ目は、キャスティングを高く評価した声です。清野菜名と松坂桃李のW主演は多くの視聴者から好評で、特に「松坂桃李の聖司は破壊力がある」「清野菜名が歌うシーンの表情が良かった」という声が目立ちました。
原作者の柊あおい先生もコメントを寄せており、「見終わった後の清涼感と温かさが1番良かった」と肯定的に評価しています。先生自身がコロナ禍による撮影中断を経て完成した本作を、「前向きな気持ちになれる人がいたら創っていただいた意味がある」と述べています。原作者が否定していないということは、ジブリ版への侵害ではなくあくまで「別の解釈」として受け取れる証左の一つです。
cinemagene:原作者・柊あおい先生とプロデューサー・西麻美さんのコメント全文を確認できます
実写版を「ひどい」と感じた人の多くは、ジブリアニメ版をほぼ完全に記憶したうえで鑑賞したケースです。この場合、期待値と実際の作品内容のギャップがそのまま批判の量に直結します。しかし実写版は当初からアニメの実写化ではなく、原作漫画をベースにしたオリジナルストーリーを加えた新作として位置づけられていました。アニメ版と実写版は「別の作品」が基本です。
重要なのは、実写版には意図的に積み上げられたオリジナルの強みがあるという点です。アニメ版では「10年後どうなったか」は一切描かれませんでした。結末はプロポーズの言葉で終わり、その後は観客の想像に委ねられています。実写版はその「続き」を一つの形として見せようとしており、成長した雫と聖司が夢に躓きながらも向き合い直す姿は、アラサー世代に刺さるリアリティを持っています。
「設定が違う」という批判については、原作漫画・ジブリアニメ・実写版の3つはそれぞれが独自の設定で動いており、実は全部異なります。原作では聖司の夢は「画家」、アニメでは「バイオリン職人」、実写では「チェロ奏者」です。ジブリ版自体がすでに大幅な原作改変をしているため、「実写だけが改変している」というわけではありません。この視点を持つと、評価の見え方が変わります。
3バージョンそれぞれの主な設定の違いをまとめると以下の通りです。
| 設定項目 | 原作漫画 | ジブリアニメ版 | 実写版(2022) |
|---|---|---|---|
| 聖司の夢 | 画家 | バイオリン職人 | チェロ奏者 |
| 主題歌 | なし | カントリーロード | 翼をください |
| 時間軸 | 中学1〜2年生 | 中学3年生 | 中学時代+10年後 |
| プロポーズ場所 | 記載なし | 聖蹟桜ヶ丘の高台 | 横浜市金沢動物園付近 |
ciatr:実写版・アニメ版・原作漫画の設定比較と詳細なあらすじ解説が確認できます
「ひどい」という評判を見て敬遠している人が見逃しているポイントがあります。これは実写版を「別の作品」として見た場合の独自の魅力です。
まず、撮影の裏側として知られていないのが、本来予定していたイタリアロケがコロナ禍の影響で不可能になり、制作チームは国内撮影のみでイタリアの雰囲気を再現しなければならなかったという事実です。原作者の柊あおい先生は「現地に行ったとしか思えない映像が映し出されていた」と驚きをもって評価しており、制作スタッフの技術力と努力の痕跡が画面に詰まっています。撮影は2020年3月〜2022年5月の間、4期に分けて断続的に行われました。
次に見どころとして大きいのが、ジブリファンには懐かしい「地球屋」の再現度の高さです。アンティーク時計の並ぶ独特の空間が実写でどう再現されているかは、批判派も肯定派も高く評価しています。「地球屋の再現度がすごい」というレビューは多数見られました。セットのクオリティは注目です。
また、雫と聖司が地球屋で演奏・歌唱するシーンは本作のハイライトであり、アニメ版ファンにも初見層にも高く評価されました。清野菜名が解放感のある表情で歌う場面は、映画全体を通じて唯一感じられる雫の本来のエネルギーが爆発するシーンとして機能しており、「このシーンだけで観た価値がある」という意見もあります。厳しいですね、他のシーンへの評価が。
さらに実写版では、アニメのエンドロールで仄めかされた「夕子と杉村が付き合う」という展開が10年後も続いており、2人が結婚するシーンが盛り込まれています。アニメのファンには、あの微笑ましい2人の「その後」を見られる数少ない機会になっています。
実写版を観るなら「アニメと比較しない」という心構えが一番の準備になります。現在はHuluほかの配信サービスでも視聴可能なため、気軽に試せる環境が整っています。まず1シーン、地球屋での演奏シーンだけでも見てみるのが、最も素直な入り方かもしれません。