実は製作当初、この映画を撮るはずの監督は深作欣二ではなかった。
映画『魔界転生』の原作は、山田風太郎が書いた小説『忍法魔界転生』(のちに『魔界転生』と改題)です。この作品は、もともと1964年12月から翌1965年2月にかけて大阪新聞で『おぼろ忍法帖』という題名で連載された新聞小説でした。山田風太郎の代表的な忍法帖シリーズのなかでも、とりわけ奇想天外な設定が詰め込まれた最高傑作のひとつとして今も多くのファンに愛されています。
舞台は江戸時代初期、寛永15年(1638年)の島原の乱。キリシタン一揆が幕府軍に鎮圧され、天草四郎時貞ら約2万人が惨殺されます。その夜、雷鳴とともに悪魔の力を借りて四郎が蘇り、同じく無念の死を遂げた歴史上の英雄・剣豪たちを次々と「魔界転生」させて幕府への復讐を謀る、という壮大な伝奇ロマンです。
登場する魔界衆は実在した歴史上の人物ばかりなのが特徴です。宮本武蔵、宝蔵院胤舜、伊賀の霧丸、そして映画版で深作欣二監督が原作にないキャラクターとして加えた細川ガラシャ夫人が揃います。歴史小説として見ると時代考証に意図的なズレがありますが、それは作品のフィクションとしての醍醐味であり、「史実と並行する異世界の物語」として楽しむのが正しい鑑賞スタンスです。
つまり「時代考証の正確さ」より「娯楽と剣豪ロマン」が最優先の作品ということですね。
歴史上の剣豪たちが時代を超えて一堂に会するというコンセプトは、現代のゲームや漫画作品にも受け継がれており、その先駆け的存在として高く評価されています。山田風太郎の原作を読んでからあらためて映画を観ると、深作欣二がどれほど大胆に翻案したかがよりはっきりと見えてきます。
山田風太郎原作『魔界転生』の作品情報・翻案の歴史 - Wikipedia
冒頭でも触れたとおり、本来この映画を撮るはずだった監督は深作欣二ではありませんでした。これは知る人ぞ知る話です。
もともと角川春樹プロデューサーは、『闇の狩人』でエロティシズムと暴力描写の卓越した演出を見せた五社英雄監督を本作の監督として起用することを決定し、約半年にわたり準備を進めていました。ところがその準備期間中、五社英雄が銃刀法違反で逮捕されるというスキャンダルが発生。罰金刑で済んだものの、五社はフジテレビを依願退職することとなり、本作の監督の座も失いました。
白羽の矢が立ったのが、『復活の日』で角川春樹と組んでいた深作欣二監督です。これが偶然の産物とは思えない奇跡的なマッチングだったことは、後の評価が証明しています。
キャスティングも「できるだけ派手に」という角川春樹の強い意向のもと、豪華な布陣が揃いました。主な顔ぶれは以下のとおりです。
深作欣二監督は千葉十兵衛と沢田四郎のキャスティングを「我ながらいいキャスティング(笑)」と語っており、このコントラストこそが映画の核心にあります。これは奇跡のキャスティングということですね。
細川ガラシャ夫人は原作には登場しないキャラクターです。深作が「男性のみの魔界衆ではインパクトに欠ける」と判断して追加し、山田風太郎本人が「ガラシャは思いつかなかった」と脱帽するほどのアイデアでした。当初は松坂慶子への打診があったものの松竹に断られ、最終的に佳那晃子が妖艶なガラシャを演じることになります。
沢田研二が『魔界転生』で見せた妖しい魅力と撮影秘話 - hominis.media
映画『魔界転生』を語るうえで絶対に欠かせないのが、クライマックスの「江戸城炎上シーン」です。今でも映画ファンの間で語り草になっているほどの伝説的なシーンで、現在のCG全盛の映像技術をもってしても二度と再現できないとされています。
このシーンで採られた手法は、特撮合成やバーナーを使った疑似炎演出ではなく、京都撮影所No.11スタジオ(当時の最大スタジオ)に建てられた江戸城天守のセットを実際に燃やして撮影するというものでした。通常の映画撮影では安全面から絶対に避けられる手法です。
セット全体にプロパンガス・灯油・ガソリンが準備され、耐火塗料を全面に塗り込んだうえで点火。火の勢いはスタジオの3階にまで達しようとし、高岩淡ら撮影所員が総出で消火器を構え、消防車まで待機していました。撮影は固定カメラではなく、炎の中にレールを敷いた移動撮影。3日3晩、ワンカット最大4時間という壮絶なスケジュールでした。
被害はスタッフだけではありませんでした。千葉真一は鬘から油煙が立ち上り刀の鞘が燃え出してすぐに中止に追い込まれ、衣装に水を含ませた状態で撮影を続けた場面もありました。沢田研二は手の甲にやけどを負い、長谷川清撮影監督は炎で目がやられてシーン終盤には目が見えない状態で撮影を続けたほどです。プロデューサーの佐藤雅夫は「もはや撮影ではなく、戦場の感覚だった」と語っています。
痛いですね。
このクライマックスはラスト約13分に及びます。炎の量はちょうど本棚1段分のほどの高さが幅10メートル以上、いたるところで燃え盛るレベル。それでも千葉真一と若山富三郎はまばたきひとつせず死闘を演じ続け、その映像は「時代劇史に残る名シーン」として今も色褪せません。
この炎上シーンで日本アカデミー賞最優秀美術賞を受賞したのは美術担当の井川徳道で、セットのデザインとその細部まで練り込まれた職人仕事が高く評価されました。
なお、冒頭の公開日についても興味深い裏話があります。本来は1981年6月13日が初日の予定でしたが、東映の意向で1週間繰り上げられ6月6日の6時スタートとなりました。その理由は「666のオーメン(悪魔の数字)」にちなんだものです。この洒落た演出も、作品のダークな世界観とぴたりと合っています。
映画監督・武正晴が語る「魔界転生」クライマックスの狂気のシーン - VIDEO SALON
映画の物語は1638年(寛永15年)の島原の乱から始まります。幕府軍に壊滅させられた天草四郎時貞(沢田研二)が悪魔の力で蘇り、現世に未練を残した英雄・剣豪たちを次々と「魔界転生」させて幕府転覆を企てます。これに立ち向かうのが隻眼の剣客・柳生十兵衛(千葉真一)です。
物語の縦軸は十兵衛の孤独な戦いです。彼は次々と魔界衆と戦い、宮本武蔵(緒形拳)を倒し、最終的には魔界衆に転じた父・柳生但馬守宗矩(若山富三郎)とも激突しなければなりません。
見どころを整理すると以下のとおりです。
上映時間は122分。前半はやや説明的なシーンも多いですが、後半に向かって一気に加速します。深作欣二監督が意識したのは「剣の迫力=チャンバラの魅力を取り戻すこと」であり、十兵衛が一人で次々と強敵を倒す構成は当時の時代劇の文法を大きく塗り替えたものでした。
沢田研二演じる天草四郎の衣装は南蛮風の異様な華美さを備えており、デザインは人形作家・辻村ジュサブロー(辻村ジュザブロー)が手掛けました。千葉十兵衛の荒野を生きる武人のイメージとの対比が、映像的にも際立っています。これが深作演出の巧みさということですね。
映画『魔界転生(1981)』のレビュー・評価一覧 - 映画.com
1981年6月6日の公開直後、東映直営映画館3館の前には朝早くから長蛇の列ができ、初日と2日目だけで2万5000人を動員しました。これは当時の東映映画としては異例の現象でした。
観客の内訳として特筆すべきは、6対4で女性客が多かったという事実です。当時の東映映画は男性客が圧倒的多数を占めていたため、沢田研二の人気を背景に女性客を大量動員したことは業界に大きな衝撃を与えました。最終的な成績は動員200万人、配給収入10億5000万円。製作費5億円に対して2倍超の収益を上げた完全なヒット作です。
当時の角川映画は『復活の日』(1980年)で7億円の赤字を計上しており、まさに苦境に立たされていました。本作の大ヒットはその巻き返しとなり、角川映画路線を再び軌道に乗せる転換点となりました。
海外展開でも、本作は"Samurai Reincarnation"のタイトルで公開されました。なかでも注目すべきは台湾での評価です。1985年に日本映画製作者連盟が台湾への日本映画輸出を再開した際、本作は同年10月に一般公開されるや、それまでの台湾映画興行で歴代最大となる記録を塗り替えました。
クエンティン・タランティーノの作品群にも千葉真一の演技から着想を得たシーンがあるとされ、2012年公開の『アベンジャーズ』でサミュエル・L・ジャクソンは自身のキャラクターに千葉真一の柳生十兵衛を取り入れたと公言しています。これは意外ですね。
後継世代への影響も大きく、千葉真一の息子である俳優・眞栄田郷敦は「子どものころ、唯一父と一緒に観た映画。ぶっ飛んだ演出なのに緊張感がすごい。大人になってからあらためて観ても、すごい映画だと思いました」と語っています。
| 項目 | 数値・内容 |
|---|---|
| 製作費 | 5億円 |
| 配給収入 | 10億5000万円 |
| 観客動員数 | 約200万人 |
| 公開日 | 1981年6月6日(当初6月13日予定を繰り上げ) |
| 上映時間 | 122分 |
| 海外タイトル | Samurai Reincarnation |
| 台湾での評価 | 1985年・台湾映画興行歴代最大ヒットを記録 |
| 美術賞 | 日本アカデミー賞最優秀美術賞(井川徳道) |
現在は動画配信サービスでも視聴できます。時代劇の名作をDVDや配信で観たい場合は、Amazon Prime VideoやU-NEXT等での配信状況を確認してみるとよいでしょう。
1981年の邦画興行収入ランキング(魔界転生含む) - 日本映画製作者連盟
『魔界転生』は1981年の映画ですが、その核にある「死んだ者が蘇り、最強の者が一人でそれに立ち向かう」という構図は、現代のエンタメの根幹を形成しているコンセプトとほぼ同じです。これが基本ということですね。
たとえば、鬼滅の刃における鬼と剣士の対決構図、ゲーム『鬼武者』シリーズや『Fate/Zero』に登場する歴史上の英雄たちの転生・召喚といった設定は、本作が先達のひとつとも言えます。オタク文化やサブカルチャーに親しんでいる世代こそ、「あらゆる現代エンタメの先祖がここにいた」という感覚で楽しめる作品です。
また、現代のファンが見逃しがちなのが「音楽の力」です。劇中音楽は人間国宝の山本邦山が手掛けた尺八の音色と、『砂の器』の「宿命」で知られる菅野光亮の楽曲が融合しています。菅野は本作の公開からわずか2年後、44歳で夭折しており、本作が事実上の遺作に近い存在です。炎のシーンを彩る尺八の旋律には、単なるBGMを超えた情念があります。
深作欣二監督の演出としての遺産という観点でも本作は特別な位置にあります。『仁義なき戦い』で現代劇の新境地を切り拓いた深作が、時代劇でもその方法論を完全に持ち込み、スピード感・暴力表現・キャラクターの複雑な感情を従来の時代劇の文法に重ねた結果として出現したのが本作です。
画質はさすがに1981年のフィルム映画相応ですが、それを補って余りある役者たちの眼の力と殺陣の迫力があります。千葉真一が若山富三郎から直接学んだ殺陣は、師匠役の若山と弟子役の千葉が本気で斬り合っているように見えるほど緊張感に満ちています。
動画配信で本作を観る前に、以下の2点だけを頭に入れておくと格段に楽しめます。
時代劇に詳しくない方でも十分に楽しめる間口の広さと、深く掘れば掘るほど発見がある奥行き。それが『魔界転生(1981)』が半世紀近くを経ても語り継がれている理由です。