主題歌は「話したい人がいれば売れる」は大間違いで、Wセンターという史上初の挑戦が62.7万枚売上の原動力でした。
「心が叫びたがってるんだ。」(通称:ここさけ)は、A-1 Pictures制作の劇場版アニメ映画で、2015年9月19日に全国公開されました。監督は長井龍雪、脚本は岡田麿里、キャラクターデザインは田中将賀という、フジテレビ系「ノイタミナ」で放送された大ヒット作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(通称:あの花)のメインスタッフ=「超平和バスターズ」が再集結した注目作です。
舞台は埼玉県秩父市・横瀬町。横瀬駅や大慈寺など実在する風景が丁寧に描かれており、聖地巡礼ファンも多い作品として知られています。上映時間は119分で、英題は「The Anthem of the Heart」。その名のとおり、心の声を発することを恐れた少女が歌を通じて自分を取り戻すという青春群像劇です。
「あの花」で日本中を泣かせたスタッフが手掛けるとあって、公開前から大きな期待が集まっていました。これが原因で、「どうせ泣けるだけの作品でしょ」という先入観を持つ人も少なくありませんでした。ところが実際には、第19回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門・審査委員会推薦作品(2015年)に選ばれ、第39回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞も受賞するなど、芸術面での評価も非常に高い。国内累計興収11.2億円、累計動員82万人という数字がその実力を裏付けています。
乃木坂46が主題歌に起用されたのも、単なる話題づくりではありません。映画の内容と主題歌が有機的につながるよう、脚本家の岡田麿里が秋元康に直接ストーリーを説明したうえで歌詞を書き下ろすという異例のプロセスが踏まれています。つまり「乃木坂46×映画」という組み合わせは、商業的な判断だけでなく、作品の世界観を補完する必然性があったということです。
アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』公式サイト(ストーリー・キャラクター詳細)
「今、話したい誰かがいる」は、作詞:秋元康、作曲:Akira Sunset・APAZZIによる楽曲で、2015年10月28日にリリースされた乃木坂46の13枚目のシングルです。日本レコード協会からトリプル・プラチナ認定を受けており、年間累計売上は68.7万枚にのぼります。
この楽曲の最大の特徴は、歌詞が映画『ここさけ』のストーリーと深くシンクロしていることです。映画の脚本を担当した岡田麿里が秋元康に作品の内容を直接説明し、それをもとに書き下ろされたと公式に明かされています。「何も欲しいと言わなければ 永遠に傷つかずに済む」というフレーズは、言葉によって両親を離婚させてしまったトラウマから声を封じられた主人公・成瀬順の苦しみを表現したものです。
そのため、映画を観てから歌詞を読むと、まるで劇場の余韻がそのまま続くような体験ができます。「君とだったら シーソー乗ってみよう」という歌詞は、孤独に慣れた主人公が初めて誰かと関わることへの期待と不安を歌ったもので、この一節だけで映画のある場面が鮮明に蘇ってきます。つまり、歌を知ってから映画を観ても、映画を観てから歌を聴き直しても、どちらにも発見がある設計になっています。
さらにダンスにも工夫があります。拍をずらしながら時間差で同じ振付を踊る「カノン」という手法が採用されており、これは複数の登場人物がバラバラでも同じ方向に向かっていくという映画のテーマと見事に呼応しています。音楽と映像と物語が一体となったこの体験は、単なるタイアップ曲とは一線を画しています。
歌ネット「今、話したい誰かがいる」歌詞全文(歌詞の意味を読み解く際の参考に)
「今、話したい誰かがいる」では、白石麻衣と西野七瀬がWセンターを務めました。これは乃木坂46の歴史において初めてのことです。Wセンターは「ハプニング」ではなく、制作チームが意図的に選択した演出でした。
前作「太陽ノック」から2人少ない16人選抜に絞り込まれており、選抜人数の削減とダブルセンターの組み合わせは、楽曲の「2人でいれば強くなれる」というテーマを体現しています。白石麻衣は過去にも1度センター経験がありましたが、単独センターは初。西野七瀬は通算4度目のセンターで、そのうち単独が3回という、当時の乃木坂を代表する顔でした。
MVの内容も非常に印象的です。耳の聞こえない大学生を演じた西野七瀬が、手話を通じて白石麻衣を中心とするダンススクールの仲間たちと交流し、ダンス大会を目指す内容で、映画のテーマである「伝えること」「つながること」がMVでも一貫して描かれています。MV撮影時には100着以上の衣装が用意され、特定のシーンでは10回以上撮り直しが行われたといいます。まさに妥協のない作りです。
ジャケット写真は映画の舞台である埼玉県秩父市で撮影されており、各タイプのジャケットがつながる構成になっていました。Type-A・B・C・通常盤・ここさけ盤を並べるとショートフィルムのようなストーリーが完成するという、コレクター心をくすぐる設計も話題になりました。
Nogizaka46 Song Info「13枚目シングル情報・選抜フォーメーション詳細」
映画のストーリーを一言で表すなら「言葉の呪いを解く物語」です。主人公の成瀬順(声:水瀬いのり)は、幼い頃に何気なく発した言葉が引き金となって両親の離婚を招いてしまいます。父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われたトラウマから、話すと腹痛が起きるという身体症状が現れ、他人とはメモや携帯メールでしか意思疎通できなくなっています。
この設定は、多くの人が日常で感じる「言葉で誰かを傷つけてしまう恐怖」と地続きです。だからこそ、これほど多くの人が共感・感動した理由がわかります。「話すと傷つけてしまう」という思い込みの呪いが、歌という別の表現方法で少しずつ解けていく過程は、感情の解放を描いた物語として普遍的な強さを持っています。
そして物語を特別にしているのは、主人公だけでなく4人の登場人物それぞれが何らかの「言えなかった言葉」を抱えている点です。乃木坂46の深川麻衣も「登場人物みんなが主人公と言えるような作品」と語っており、誰に感情移入するかによって物語のテーマが変わって見えます。それが口コミを広げた理由の一つでしょう。
作中で重要な役割を果たすベートーヴェンの「ピアノソナタ第8番 悲愴 第2楽章」とイングランド民謡「グリーンスリーブス」の組み合わせも印象的です。クラシック音楽のモチーフが青春の記憶と結びつく感覚は、視聴後もずっと心に残ります。
シナリオコンペ「心が叫びたがってるんだ|群像劇の構造」(脚本・物語構造の分析)
「ここさけ」は、アニメ作品と地域経済の関係を語るうえで欠かせない事例です。舞台となった埼玉県秩父市・横瀬町は、2011年放送の「あの花」に続いてふたたびアニメ聖地として全国から注目を集めることになりました。日本政策投資銀行(DBJ)がレポートで取り上げるほど、コンテンツと地域活性化の成功事例として評価されています。
乃木坂46の主題歌によって、従来のアニメファン以外にも作品の認知が広がったことは見逃せません。主題歌のジャケット撮影が秩父で行われたことで、乃木坂46ファンが聖地として秩父を訪れるという、アニメファンとアイドルファンの二重の聖地巡礼が生まれました。これは当時としては珍しい現象でした。
さらに、2015年10月には東日本旅客鉄道エリアにある約700台のエキナカ自動販売機「acure」の側面に、乃木坂46の13thシングル選抜メンバー16名分のグラフィックシートが掲出されました。2016年2月2日〜16日にはJR山手線に「From AQUA×乃木坂46」ラッピング車両が1編成走るなど、交通インフラとアイドルとアニメが交差する異例のコラボレーションが実現しています。山手線全29駅を1日何十周もするラッピング車両は、延べ数百万人の目に触れたと推定でき、これほど効率的な宣伝効果は他にありません。
2017年には実写映画版も公開(主演:中島健人、ヒロイン:芳根京子)され、「ここさけ」というコンテンツがアニメ→アイドル→地域→実写というように波紋を広げていった過程は、エンタメと地域活性化の教科書的な事例として今も語り継がれています。このような多重の文化圏が自然に形成されたのは、映画そのものの質の高さがあってこそです。
日本政策投資銀行(DBJ)「コンテンツと地域活性化」(秩父とアニメの地域経済効果に関するレポート)