「バビロンの黄金伝説は傑作だから、じっくり時間をかけて作られた作品だ」と思っていませんか?
1985年に公開された『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』は、劇場版ルパン三世の第3作目にあたる作品です。しかし現在に至るまで、「つまらない」「駄作」という評価がネット上でも根強く残っています。なぜここまで低評価が続くのか、まずその理由を整理してみましょう。
最も大きな原因として挙げられるのは、前作「カリオストロの城」との比較です。宮崎駿監督が手がけた「カリオストロの城」は、緻密なストーリーと演出で今なお「日本アニメ史に残る傑作」として語り継がれています。金曜ロードショーだけで2025年時点で19回以上放送されるほどの人気作です。その直後に公開された「バビロンの黄金伝説」は、作風もクオリティも大きく異なり、「前作と比べると圧倒的に劣る」という印象を多くの視聴者に与えてしまいました。
具体的な批判として多いのは、以下のような点です。
- 冒頭のルパンと銭形のバイクチェイスが5分以上続き、単調で冗長に感じられる
- ストーリーの前半と後半でトーンが大きく乖離しており、脚本のバランスが崩れている
- キャラクターデザインが当時放送中の「PARTIII」準拠の細長い絵柄で、好みが分かれる
- マルチアーノ役のカルーセル麻紀の演技が棒読みに近く、違和感を覚える視聴者が多い
- テーマや主義主張が希薄で、ただアクションとギャグが繰り返されるだけに見える
これらの批判はどれも的外れではありません。ただ、こういった評価は「カリオストロの城」や「ルパンVS複製人間」という高いハードルとの比較から生まれている面が大きいのです。
つまり「カリオストロ基準」で見ると厳しくなるということですね。
フィルマークスでは3,000件以上のレビューが集まっており、評価は2点台前半に集中しています。それほど広く視聴されていながら、なお低評価が続いているのは、やはり「期待値のギャップ」が原因の大部分を占めていると考えられます。
ルパン三世 バビロンの黄金伝説 フィルマークス評価・レビュー一覧(3,000件超)
「バビロンの黄金伝説」を「つまらない」と感じてしまう最大の背景には、制作現場での深刻な事情があります。これを知ると、評価の目線がかなり変わってきます。
元々、劇場版第3作の監督候補として名前が挙がったのは、宮崎駿でした。しかし宮崎本人は申し出を断り、代わりに『うる星やつら』シリーズで知られる押井守を推薦しました。押井版ルパンの企画は「ルパン三世は存在していなかった」というあまりにも実験的なコンセプトで進行しましたが、制作側がその内容を危惧し、1984年12月上旬に押井守を降板させることになります。
問題はその後です。公開予定日(1985年7月13日)はすでに決まっていたため、代替の制作チームはわずかな時間で映画を完成させなければなりませんでした。Wikipedia上にも残るX(旧Twitter)の記述によれば、「バビロンの黄金伝説の制作期間は2ヶ月だったんですよ!」という関係者の証言が残っています。一般的に劇場アニメの制作期間が1〜2年かかることを考えると、これは驚くべき短さです。参考として、前作「カリオストロの城」も制作期間4ヶ月半という超短期でしたが、それでさえ今も名作として語られています。
短期間で作ったのが実情です。
そのため、当時放送中だった「PARTIII」のスタッフを総動員し、PARTIIIの絵柄やテイストをそのまま引き継ぐ形で制作が進みました。これが「テレビアニメレベル」「品質が低い」と評価される直接の原因です。脚本面では、テレビシリーズで実績のあった浦沢義雄がプロットを担当しましたが、映画の長尺に対応できず後半部分で行き詰まり、師匠の大和屋竺に引き継いでもらうというエピソードも残っています。
さらに、ゲスト声優として起用されたカルーセル麻紀の棒読み演技については、実は監督の鈴木清順による意図的な演出指示だったことが分かっています。「最後に喋り方が変わる演出を印象付けるため」というねらいがあったものの、それが視聴者には伝わりにくく、ただの違和感として受け取られてしまったのです。
意外ですね。
ルパン三世 バビロンの黄金伝説 Wikipedia(制作経緯・スタッフ詳細)
「バビロンの黄金伝説はつまらない」という評価が定着してしまった背景には、もう一つ重要な構造的問題があります。それは、「カリオストロの城」が金曜ロードショーで19回以上放送されたのに対し、「バビロンの黄金伝説」は1986年の1回のみしか地上波で放送されていないという事実です。
これは何を意味するかというと、視聴者が「バビロンの黄金伝説」を見る機会そのものが極めて少なかったということです。「つまらない」という評価が広がる前に、そもそもほとんどの人が見ていないわけです。カリオストロが「名作」として定着したのは、繰り返し放送される中で視聴者が慣れ親しみ、記憶の中で美化されていったという側面も否定できません。
一方で、バビロンの黄金伝説は「見る機会を与えられなかった作品」とも言えます。
それでは本作に見るべき点はないのでしょうか。実は、本作には独自の魅力が確かに存在します。まず注目すべきは、ヒロイン「ロゼッタ」が実は宇宙人であったというSF的なラスト展開です。かぐや姫を彷彿とさせるこの結末は、単純なお宝争奪戦では終わらない深みを持っています。70年以上にわたって地球をさまよい、バビロンの黄金を故郷へ持ち帰ろうとしていた宇宙人の美女が、ルパンたちに阻止されて手ぶらで宇宙へ帰るというアンハッピーエンド構造は、じっくり見ると非常にシュールで哀愁を帯びています。
さらに、本作は「ルパン三世のテーマ」がPARTIIIでは権利の問題で使えなかった中、TV第2シリーズ以来5年ぶりに使用されたという点でも特別な位置づけにあります。あのおなじみのメロディを久しぶりに劇場の音響で聴けた当時の観客にとっては、それだけでも価値のある体験だったはずです。
また、主題歌に起用された河合奈保子の「MANHATTAN JOKE」はフィルマークスのレビューでも複数の方が「主題歌は良かった」と言及しており、楽曲の完成度は高く評価されています。作曲・編曲を大野雄二が担当し、作詞は当時新進気鋭だった秋元康が手がけるという豪華な布陣でした。
つまり作品の一部には高いクオリティが残っているということですね。
「バビロンの黄金伝説がつまらない」という感想を持つ方に、ぜひ知っておいてもらいたい事実があります。それは、本作が初代ルパン声優・山田康雄が演じた事実上最後の劇場版作品であるということです。
山田康雄は1971年のシリーズ第1作からルパン三世の声を担当し続け、その軽妙で独特な声質はルパン三世そのものと同義でした。しかし1995年、次の劇場版「くたばれ!ノストラダムス」の製作途中に逝去。その作品では声の変更を余儀なくされ、以降は栗田貫一が引き継ぐことになります。
つまり、「バビロンの黄金伝説」こそが、山田康雄版ルパン三世の劇場映画の完結作であるわけです。
ストーリーがどれほど荒削りでも、山田康雄のあの声でルパンが自由気ままに動き回る「劇場版」という体験は、本作が最後です。Amazonのレビューでも、「この作品を観ると、山田康雄さんの凄さがよくわかる。前半の酷い作画や、これまた酷いカルーセルさんの声や、目を背けたくなる部分がありつつも最後まで観えてしまう」という感想が残っています。
これが山田康雄のルパン最後の劇場作品です。
さらに本作には、同じく後年に他界した声優陣が多数出演しています。次元大介役の小林清志(2022年没)、銭形警部役の納谷悟朗(2013年没)、石川五右ェ門役の井上真樹夫(2020年没)、峰不二子役の増山江威子(2016年没)など、オリジナルキャスト全員が揃って声を演じた作品としても、非常に貴重な記録映像としての価値があります。「つまらない」と感じていた作品が、実はアニメ史の重要な節目のひとつであることを、この機会にぜひ意識してほしいところです。
「ルパン三世」声優の変遷について(日刊スポーツ・山田康雄から栗田貫一への引き継ぎ経緯)
「カリオストロの城」のような緻密な物語を期待してしまうと、「バビロンの黄金伝説」はどうしても物足りなく見えます。しかしこれは、そもそも別のジャンルの作品として見るべき映画です。
本作の監督の一人である吉田しげつぐは、制作意図について「見終わった後に爽快感が残るような作品を目指した」と明言しています。「観客に何か訴えるのではなく、アクションや笑いでスカッとしたものを出したい」というコンセプトで作られた作品なのです。つまり、深い物語を読み解くというよりも、テンションを上げながらノリで楽しむことを前提に作られた映画です。
共同監督を務めた鈴木清順は、「ツィゴイネルワイゼン」などのカルト映画で知られる個性派監督です。彼が関わることで、本作は意図的にシュールで脈絡のないユーモアが至るところに仕込まれています。たとえば、ニューヨークのブロードウェイの巨大な顔型看板の上でバイクチェイスをするシーンは、実写では絶対に不可能な映像的バカバカしさを全力でアニメで実現したものです。
これは使えそうです。
また、本作の細部に目を向けると意外な凝り方も発見できます。冒頭の舞台設定がハレー彗星来訪年(1986年2月)とリンクしていたり、登場するインターナショナル婦人警官たちの名前がキャラメール・チンジャオ・ザクスカヤ・サランダ・ラザーニアと各国料理名にちなんでいたりと、遊び心に満ちた演出が随所に散りばめられています。
鑑賞のコツは一つだけです。「カリオストロと比べない」これだけで大丈夫です。
本作の楽しみ方として最もおすすめなのは、楽曲に注目しながら視聴するという方法です。大野雄二が手がけたサウンドトラックは本作でも充実しており、「FUNKY MONSTER PARTY」「SEXY PINK PANIC」といった楽曲群はサントラCDとしても発売されています(日本コロムビアより2004年1月21日発売)。音楽に乗りながら80年代ポップカルチャー全開のアニメを楽しむという視点で見ると、「つまらない」が「時代の味わい」に変わるかもしれません。
さらに最近では、Filmarksなどでの若い世代のレビューを見ると「カリオストロを知らずに見たら普通に楽しかった」「絵柄がクセになる」という声もちらほら上がっています。先入観なしで向き合ったとき、本作はまた違った表情を見せてくれます。
「カリオストロの城も公開当時は不人気だった」という観点から本作を再評価するレビュー(note)