「美しき狼たち」には、「ジョー」という固有名詞が1文字も登場しない。
「あしたのジョー」の劇場版主題歌「美しき狼たち」は、1979年12月15日にORANGE HOUSE RECORDSからリリースされた楽曲です。歌手はおぼたけし、作詞はたかたかし、作曲・編曲は鈴木邦彦が担当しています。冒頭の「男なら 闘う時が来る」という一節が、今も多くの人の記憶に刻まれています。
歌詞の全文は以下のとおりです。
| パート | 歌詞 |
|---|---|
| Aメロ① | 男なら 闘う時が来る 誇りを守るために いのちを賭けて 男なら 旅立つ時が来る 愛する者たちに 別れをつげて |
| Bメロ① | 脚をくじけば 膝で這い 指をくじけば 肘で這い 涙のつぶだけ たくましく 傷ついて しなやかに |
| サビ① | ああ 男は走り続ける ああ 人生という名のレールを |
| Aメロ② | あいつには 言葉はいらないさ 黙っているだけで 心がかよう あいつには 涙もみせられる 孤独な背をむけても つつんでくれる |
| Bメロ② | 時にきびしく 見つめあい 時にやさしく いたわって 同じ男の夢を追い 北風に立ち向かう |
| サビ② | ああ 男は走り続ける ああ 人生という名のレールを |
注目すべき点が1つあります。この歌詞全体を通じて、「矢吹丈」「ジョー」という固有名詞は一切登場しません。これは意図的な構成です。「男なら」という普遍的な主語を使うことで、矢吹丈だけの物語ではなく、苦難の中を生きるすべての人への応援歌として成立しているのです。
Bメロの「脚をくじけば 膝で這い / 指をくじけば 肘で這い」は、ボクシングのリングで何度ダウンしても立ち上がるジョーの姿を連想させます。しかし読者が自分の職場、家族、日常の苦境に置き換えてもそのまま当てはまる言葉です。つまりこの歌は普遍性が高い。それが50年近く愛され続けている最大の理由です。
参考:「美しき狼たち」歌詞ページ(歌ネット)
おぼたけし「あしたのジョー~美しき狼たち~」歌詞 – 歌ネット
おぼたけしの本名は「於保武(おぼたけし)」で、1954年10月22日生まれ、福岡県北九州市出身の歌手です。身長170cm・体重59kgというデータも当時の資料に残っています。鈴木邦彦ポップス・スクール出身で、アニメソング専門の歌手・声優として活動していました。
「美しき狼たち」が起用された経緯に、面白い事実があります。プロデュース・作曲を担当した鈴木邦彦と同じ音楽スクールの出身であったことが、起用の直接的な理由の一つです。当時アニメ業界ではまだ新顔だったおぼたけしですが、その「伸びのあるストレートな声質」が評価されました。後に続く「あしたのジョー2」(1981年放送)でも「傷だらけの栄光」「果てしなき闇の彼方に」を歌い、シリーズを通じて主題歌を担い続けることになります。
これは使えそうです。「傷だらけの栄光」は作詞・作曲ともに荒木一郎が手がけており、荒木氏は「おぼたけし氏が美声だったものだから、スタジオを走らせたり腕立て伏せをやらせたりした後、声が枯れるまで発声練習をしてもらって録音した」というエピソードを語っています。あえてダメージを与えた状態で録音することで、ジョーが闘い抜いた後のしゃがれた声を表現しようとした作り込みの徹底ぶりが伝わります。
なお、「美しき狼たち」は発売後まもなく、日本テレビ(関東ローカル)でのTVアニメ第1作再放送にあたって、通常エンディングテーマ「ジョーの子守唄」「力石徹のテーマ」を本曲に差し替えるという異例の起用もされています。これはエンディングとして使用できるほど楽曲が高く評価されていた証左です。
参考:「美しき狼たち」Wikipedia(楽曲情報・発売詳細)
美しき狼たち – Wikipedia
「あしたのジョー」はもともと、高森朝雄(梶原一騎)原作・ちばてつや作画で1968年から1973年まで『少年マガジン』に連載されたボクシング漫画です。累計発行部数は2,000万部を超えており、1970年にTVアニメ化されて社会現象となりました。
TVアニメ第1作の主題歌「あしたのジョー」は、作詞:寺山修司、作曲・編曲:八木正生、歌:尾藤イサオという顔ぶれで制作されています。1970年4月20日に発売されました。寺山修司という当時の前衛詩人・劇作家が作詞を担当したことは、この作品に文学的な深みをもたらしています。「♪あしたはどっちだ」という締めくくりのフレーズは、単なる応援歌を超えた哲学的な問いかけとして機能しています。
つまり「男なら」が基本です。TVアニメ版とは方向性が異なり、TVアニメ版は漫画の荒削りなエネルギーと符合するような骨太の楽曲であったのに対し、劇場版「美しき狼たち」は壮大なバラードとして構成されています。同じ作品の主題歌でありながら、この2曲は全く異なる音楽的アプローチをとっているのです。
参考:あしたのジョー 主題歌一覧(TV&劇場版主題歌&エンディング)
TV&劇場版主題歌&エンディング – Soul of Joe
「男なら 闘う時が来る」という歌詞に対して、現代では「男性限定の表現ではないか」という声も一部で聞かれます。しかし実際にこの楽曲をよく聴くと、サビ以降の「あいつには 言葉はいらないさ / 黙っているだけで 心がかよう」というフレーズは、孤独に戦う人を陰で支える「盟友」の存在を描いており、性別を超えた人間関係の本質に触れています。
注目すべきは、この曲が「勝利」を一切歌っていない点です。「脚をくじけば 膝で這い / 指をくじけば 肘で這い」という歌詞は、成功した人間の凱歌ではなく、ボロボロになりながらも前に進もうとする過程そのものを讃えています。現代のビジネスパーソンに置き換えると、理不尽なクレームを受けても翌朝また出社する、そういった「日常の闘い」への共鳴が生まれる構造です。
「涙のつぶだけ たくましく / 傷ついて しなやかに」という表現も秀逸です。涙を「弱さの象徴」ではなく「たくましさの証」として肯定しているこの視点は、1979年当時の昭和的価値観においては相当に斬新なものでした。現代のメンタルヘルスの観点でも、感情を抑圧せず「泣きながら進む」ことの健全さを50年前の歌詞が先取りしていたと解釈できます。
「ああ 男は走り続ける / ああ 人生という名のレールを」というサビは、ゴールを示しません。目的地を「走り続けること」そのものに置くこの哲学は、矢吹丈が最終的に「真っ白に燃え尽きた」ラストシーンと深く共鳴しています。結果ではなく過程に価値を置く──これは今日のウェルビーイング(幸福感)論の核心でもあります。
参考:映画「あしたのジョー」主題歌の歌詞考察(note)
映画「あしたのジョー」主題歌の歌詞「男なら闘う時がある」から学ぶ人生哲学 – note
「美しき狼たち」は現在、Apple MusicやSpotifyといった主要なストリーミングサービスで配信されており、いつでも手軽に聴くことができます。1979年発売のアナログ盤音源がそのままデジタル配信されているため、当時の録音のぬくもりがそのまま楽しめます。
カラオケでも歌える楽曲です。JOYSOUNDのカラオケ曲目リストにも「美しき狼たち(あしたのジョー)」として収録されており、昭和歌謡を楽しむシーンで選ばれることが多い曲です。5分01秒という尺は、アニメ主題歌としては異例の長さであり、フルコーラスで歌うと相当な歌唱力が要求されます。意外ですね。
YouTubeにはおぼたけし本人の音源のほか、2017年にリリースされたタケ・ウケタによるカバー版も存在します。タケ・ウケタ版のMVには元ラグビー日本代表・松尾雄治氏が友情出演しており、スポーツ界との縁も深いことがうかがえます。また水木一郎アニキが1982年のアルバムで自らカバーしたバージョンも存在しており、昭和アニソン界の重鎮たちにも愛された楽曲です。
もし歌詞の意味を深く理解した上でこの曲を改めて聴きたい場合は、全歌詞を目で追いながら聴くことをおすすめします。特に2番の「あいつには 言葉はいらないさ / 孤独な背をむけても つつんでくれる」という部分は、1番の「闘う男」像とは異なる、人間の温かさを描いたフレーズです。そこまで聴いて初めて、この楽曲の全体像が見えてきます。
参考:あしたのジョー映画版主題歌「美しき狼たち」について(reminder)
あしたのジョー 映画版主題歌「美しき狼たち」込みあげてくる勇気と力 – Re:minder